なおっちのお一人様フェスティバル

これからはお一人様の時代だ。数々の経験から「一人が一番」という結論に至る。映画、お酒、一人旅、本など、お一人様に嬉しい情報を発信していくよ。

青春小説的なものを書いてみた①

 どうでも良い人に感情を動かされたくない。中学の時、僕はそう思った。

 世の中には必ず感情を逆なでしてくる奴がいる。そして、その無駄な営みのせいで(果たしてそれが決定的な理由だったのかも分からないが)、犠牲になる人が出る事もある。

 地元の公立中学。昔は悪で有名だったが、最近は落ち着いてきたらしい。しかし、入学してみると、僕はガッカリせざるを得なかった。

 人に迷惑をかけて偉い、と言うのがこの学校の不思議なところであった。お世辞にも面白いとは言えない授業だったが、それを邪魔してくる馬鹿が、何故か構内でもてはやされるのだ。授業中に大声で叫んで取り過ぎていく先輩、いきなり教室に入ってきて適当なところで話している同学年の不良。こいつらは何が楽しくてこんなことしているのか?さっぱり見当もつかない。僕に出来ることは、とにかくこのような輩とは関わらず、違う場所に行くことだ。

 

 中学二年。このあたりから、徐々にその人の本当の人格が形成されていく。今まで賢そうだった人が急に馬鹿になったり、逆に愚かな人間が大人しくて頭の良い人間になったりするのだ。中学二年のこの年、僕はそれを何人も見ることになる。

 

「ねぇ、足早かったね」体育大会の練習でリレーを走った僕は、同じクラスの女の子にそう言われた。彼女の名前は何だったか?僕は平均的な人と比べたら、そこそこ早い方だとは思うが、自分で足が速いと思った事は無い。

そう言えば、この女の子は一年生の時に、暗い中を先輩の男子と歩いていたことがあった。どうしてこんなことを覚えているのか。しかし、何故かあの時、僕は衝撃に似た何かを感じたのだ。彼女は、その時の女子だった。

 僕らのクラスは七つの学級中、ぶっちぎりのビリ。一位チームに一周差を付けられていた。アンカーの人はとてもつまらなそうに走っていた。本番もこんな感じなら、いっそ参加しない方が良いのでは。圧倒的に負けているのに、一生懸命やったから感動、という美徳も大嫌いだし、そもそもクラスで出る行事が好きではなかった。一体、こんなの誰が考えたんだか。

 教室に帰ると、禿げた担任の先生が入って来た。彼は音楽の先生だった。みんな、彼の事が嫌いなのか、その教師が出勤してくると「禿げ!」と馬鹿にしていた。僕は特に嫌いではなかったから、彼が何故そこまで非難されなければいけないのかが分からなかった。

「まぁ、本番は頑張ろうね」と言ってその教師は座って教卓の椅子にに座った。「キモ」という高い声が聞こえた。

 そして、体育祭当日。僕らのクラスは全競技で一勝も出来なかった。他のクラスの連中がワイワイやっている中、僕らは少しだけどんよりしているようだったが。それもそうだ、協議で一回も勝てずに、元気になれるわけがない。しかし、何故か最後はみんなで写真を撮った。みんな笑顔だった。僕は特にクラスで仲の良い人もいなかった。感動を分かち合う人もいない。従って、僕にとっては、この瞬間と言うのは奇妙なものでしかなかったのだ。

 不快意外の何でもなかった体育祭から一カ月。夏に入った時に事件は起きた。例の担任教師が、精神を病んで学校に来なくなってしまった。代わりに担任になった教師は、僕の大嫌いな先生だった。高田という体育の先生だ。こいつはウザい。何でこの男が評価されて、禿げた担任が嫌われるのかがさっぱりわからない。

 代わりに入った高田は、いつも正義を気取っているところが本当にウザかった。それでいて、同僚が精神的に病気になって休養に入ったというのに、こいつはその原因となった生徒たちを怒りもせず、いかにも「待ってました」というような態度なのだ。コイツこそ本当の悪だ。

 休みに入った音楽教師は穏やかで特にクセも無い、普通の人間だった。音を取る時に手を額の前に持ってくるのが、少し嫌だったのかもしれない。しかし、たかがそれだけである。僕の生活は、少なくともこの男によって壊されることは無いだろうと思っていた。しかし、そんな男はすぐにいなくなってしまった。代わりに来た男は、絶対に僕とは合わない。逆らったら許さないという気持ちが、全身から放たれているからだ。僕はコイツの下で、さらに退屈で憂鬱な日々を送る事になる。

 

 続く。