ぼっちですが何か?

とあるぼっちの生活記録。気になったニュースなどについて、非常にひねくれた意見を述べていきます。

「戦後日本は平和だった」という思い込みを捨てよう。

拉致被害者(疑惑含む)の多さに驚いています。

いきなり知らない人が来て、知らない国に連れて行かれる。こんな理不尽が、平和に見える日本で、実際にあったのです。何回か書きましたが、想像を絶する想いです。

やはり、日本は平和である、という考えを見直しましょう。

 

「日本は平和」は真っ赤なウソ

戦後、日本は平和ではありませんでした。平和だというのは「そう思わされてた」だけです。平和だと思わせて、陰で侵略をするというのが、中国・北朝鮮・韓国の狙いでした。

事実、中国は大人しいフリをして、日本から援助を受け、そのお金で軍拡を進め、現在では真正面から日本の安全を脅かす存在になりました。

そして、北朝鮮工作員を派遣して、罪のない日本人を拉致して行きました。今でも、そんな事があったというのが信じられません。

ある日、知らない人が来て、そのまま連れて行かれるのを、想像できますか?おそらく、多くの人は出来ないはずです。僕も無理です。

このような事態が起こってる日本を、平和と言うのはあまりに無理があります。

 

教育、政治、メディアの責任

「平和な空気」を作り、外敵の侵略を許したのは、教育、政治、メディアの責任です。

まず、平和に見える状態を楽観視し、安全保障政策を疎かにしてきた政治の責任は重大です。やっと安倍さんが安全保障に取り組みましたが、それ以前に本来は解消すべき問題でした。

何もない時から、「有事」に備えるのは外交・国防では常識です。そして、北朝鮮に好き勝手に邦人を奪われ、ミサイルが上空を飛んでいる時でさえ、自称平和憲法は残ったままです。国防を強化しようとする政府に「戦争反対!」と叫ぶ人間がいるくらいですから、もう末期ですねはい。

一応、今の自民党は支持していますが、今までの政治は怠慢です。長く政権を担ってきて、このザマですから、その無能さを自覚すべきです。そういう意味で、日本第一党には期待してます。

 

 

このような人間を育んだ教育も、相当な罪を自覚すべきです。

ミサイルを飛ばしたり、日本人を拉致したりする国の政治を批判すると、教員たちは「やめなさい!」と怒ります。特に小学校の先生には、このような人間が多いです。

しかし、間違っている事にはちゃんと批判できる人間を育てるのが、教育の役割ではないのでしょうか?その国を擁護することで、「平和主義者」としてインテリ的な格好がつくと思っているなら、それは大間違いです。保護者、住民から「アホだなぁ」と思われるだけでしょう。

 

メディアは一度解体した方が良いです。

ありもしない事実をつくって部数を伸ばす新聞や、独占状態を良い事に、事実の一部だけを切り取って洗脳するテレビなど、この国のメディアは事実を伝えるという「メディア」の役割を果たせてません。

そのせいで、どれだけ日本の国益が損なわれたことか、、。まずはテレビ事業の参入障壁をなくし、新聞社との系列関係を切るのが有効でしょう。情報源は多様化した方が、双方にとって良い事です。

 

 

平和は突然崩れ去る

平和に思える状態は、一瞬にして壊れます。平和ボケさせておいて、一気に日本を手中に収めるのが、敵国の狙いだからです。日本が目覚めるのは、向こうにとっては良くないのです。

今の暮らしは当たり前のように見えて、当たり前のように奪われます。世界では人権無視の政治や虐殺が、常に行われています。侵略と支配は、昔の事でも他人事でもなく、今の世界の常識なのです。性善説は通用しません。

日本にも、その日が来る可能性は十分にあります。中国・北朝鮮は、自国の人間の人権さえも守らない国です。日本人の人権など、守ってくれるわけがないのです。

 

さて、「平和」を守るために、平和状態から抜け出しましょう。洗脳から目覚めるのは今しかありません。

 

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