ニートの平日

地方国立大卒ニートの生活記録。「え、ニートに平日も休日もないだろ....」という下らない日記です。

映画『リップヴァンウィンクル花嫁』世の中は幻想だ。

さて、最近は映画の感想を書くのが上手くなったかな、と自分では思っております。初期の頃は書きたいことが上手く脳内で変換されなくて、自分でも何を書いているのか分からなくなるとか、よくありましたから....ね。

 

ほんで、この記事で紹介するのが、『リップヴァンウィンクルの花嫁』なんですが、マイナーだし、数年前の作品だし、覚えている人も少ないかな。でも、控えめに言って、これ傑作なんですよね。劇場で観ました。

リップヴァンウィンクルの花嫁【劇場版】

リップヴァンウィンクルの花嫁【劇場版】

  • 発売日: 2016/09/02
  • メディア: Prime Video
 

 

社会学者で映画批評家宮台真司氏の映画評論書でも紹介されています。現代の幻を暴く....と。映画を観てそんなことを考える人はあまりいないかもしれないですが、何か彼らしいですね。

正義から享楽へ-映画は近代の幻を暴く-

正義から享楽へ-映画は近代の幻を暴く-

  • 作者:宮台真司
  • 発売日: 2016/12/27
  • メディア: 単行本
 

 

でも、思えば確かに、本作は「幻を暴く」映画です。社会はそもそも幻で、いい加減で、嘘で、デタラメなんですよね、と気付かされる。濃淡の違いこそあれ常にグレーな社会を上手く表した、傑作なんですね、はい。

 

良い映画とは、「グレーな社会をエンタメも交えて表現した作品なのではないか」と思います。特に本作を見ると。他にも、あまり有名ではないけど、『二重生活』とか、『永い言い訳』とか、ともに日本映画ですが、鑑賞後に「あぁ凄い」と言える映画とは、そういう作品だと思い始めました。最近ですが。

 

映画とはエンタメで、現実を忘れさせてくれるものだ、という意見も最もです。アニメとか、ヒーローモノとか、サスペンス映画とかも、基本的には分かりやすい悪を退治するものです。観た後、分かりやすい悪を始末して、あぁ面白かった、となれれば、エンタメとしては成功な訳ですよ。それはそれなんですね。多くの場合、それは面白い映画の形です。

 

しかし、「良い映画」の定義は、少し違います。これまで、「面白い」と「良い」という言葉を使い分けましたが(「傑作」という表現はこの二つの両方の意味)、「良い映画」の定義は、「世の中の実態をエンタメを含めて面白く伝えている」とでも言いましょうか。鑑賞後にただ「面白い」ではなく、「これは何か凄い。でも、何が凄いのか....」と鑑賞後に考えてもしまう......。

無意識で凄いと分かっていても、それを自分の意識の中で説明を付けるまでに時間が掛かってしまう....。鑑賞後に歩きながら、フラッとコンビニでカップ麺と安い酒を買って、家で湯を入れて缶を開けている時も、何か考えてしまう...。

良い映画とは、これだと思います。つまり、答えが出るまで時間が掛かる、あるいは出ない、いずれ「グレー」である、と。分かりやすい白と黒というのが、存在していないんですよ。んで、何回も見たくなる、なぜなら答えが分からないから。

 

では、本作の話に行きましょう。

本作は、現代的な「インターネット」や「何でも屋」とか、「ウソ」とかがテーマになっています。

主人公の七海(黒木)は、インターネットで出会った男と結婚します。しかし、その関係はどうも微妙...。本当に心底信頼しているようにも見えないし、何だか取り繕った感じがプンプンしてきます。

さらに、七海は結婚式に呼ぶ人間を、代行出席サービスで集めます。ここで何でも屋の安室(綾野)と出会います。七海は結婚をする時から、嘘で自分を装っている訳です。ここから、既に七海はグレーであります。

しかし、旦那の母親がそれに気がついてしまいます。それを面白く思わなかった母親は、別れさせ屋を雇って、七海と息子を別れさせます。そこでも、何と何でも屋の安室が登場...。安室は正体不明の男として、この作品のキーパーソンになります。彼の本名とか出身とかも明かされることはありません...。

 

彼は、正体不明の人間という存在の象徴として描かれています。人の名前とか出身って、別にいくらでも嘘は言えますからね。初対面の人に「山田太郎です」と言えば、その通りになりますし、職務質問でもない限り身分証明をすることもないですから。本来、名前とか職業とかどこに住んでいるかとかって、どうにでもなるんですよ。働く時だって、偽名を使えば、それ以上はお客さんにバレる事もないですし...。知っているのは人事の人だけ、とか普通にあるでしょうし。現に芸能人とかも芸名がありますから。大昔から、哲学者や思想家たちが人間社会の本質を明らかにしようと努めてきましたが、全員が納得する答えに辿り着いていないのは、おそらく本当は人間なんて分からないからでしょう。がだから、世の中はグレーだと...。

 

それで、まさかの離婚を経験した七海ですが、幸か不幸か、再び安室と出会います。そこで、かつて自分も利用した「代理出席」の仕事が回って来ます。ホテルで掃除の仕事をしていた、特に何もする事がない七海は、それに参加します。

 

出席者たちは式中に上手く振る舞うために、安室から指導を受けます。「バレたら大変なことになる」と。

式は順調に進み、新郎新婦ともに、代理出席の人がいるなんて、気にもしません..。世の中の正体不明さの縮図がここに現れている訳ですね....。でも、事が上手く運べばそれで良いと。本当は世の中はそうなっていますよね。誰かが苦しんだり、死んだりしても、大局的に上手く行っていれば、それは成功だと言える訳ですね。この式で、七海は真白という女と出会います。この真白という女が、実はアレで、七海と再び出会って、.....という感じで、彼女らが少し変わった生活を始めます。

 

結局、安室は本当は何者なのか明かされないし、七海が出席した結婚式のことも、そのあとどうなったのかも明かされません。フワフワ~っと、嘘が嘘のまま、エンディングを迎えます。物語が着地したのか、と言われれば微妙ですね。特に真実を求める人にとっては。とりあえず、その後も彼らが上手くやっている....と思うしか無いですね。

 

でも、本当の事なんて、誰も分からないですからね。言葉ではいくらでも言えるし、自分の身分も欺けます。人間は、本当の事なんて、分かるはずが無いんですよね。非常に哲学的ですが。

せいぜい分かるのは免許証で役所に届け出ている名前と住所くらいか。でも、たかが役所に届け出ている名前に過ぎないですが。そんなの、特に意味は成しません。安室を見ていれば、それが分かります。

 

でも、何が本当かなんて、良いんです。正体不明の安室という人間が、嘘で人をくっつけて、その人たちが、何故か束の間の幸福を得て去っていく.....。七海はラストシーンで、すごく吹っ切れた表情を見せます。結婚する時には見せなかった晴れ晴れした表情。

嘘で塗り固めた幸福なんて許せない?いえ、それはでも良いんです。正直に生きていても何が何だか分からない事は起きますし。どんな人間が、何を考えて生きているかなんて分からないんですから、どんな手段でも、上手く生きていけば良いんです。

 

誰が何を考えているか、何をしているのか、まるで分からない、モヤっとしたグレーな社会を、インターネットや嘘、何でも屋の安室という存在を使って表現。白か黒か付けないとスッキリしない人には、とても消化不良を起こすかもですね。インターネット、AIが、これから更に社会をグレーにしていくでしょうが、そこで何が人間に求められるのでしょうかね?この映画に、少しそれが表れているかも。

 

リップヴァンウィンクルの花嫁【配信限定版】

リップヴァンウィンクルの花嫁【配信限定版】

  • 発売日: 2016/03/26
  • メディア: Prime Video
 

 

 

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映画『星の子』感想 グレーな社会を生きるとは何か?を上手く表現。

こんにちわ。なおっちです。コロナ禍でも平常運転のぼっちニートです。

さて、先日、『星の子』を見てきました。あまり大々的にプロモーションしている訳ではありませんが、一部で話題になっていますね。僕はそういう映画の方が好きです。

 


『星の子』本編映像

 

原作本はコチラです。

星の子 (朝日文庫)

星の子 (朝日文庫)

 

 

本作は新興宗教に信仰を抱く家族のお話です。聴いただけで何だかグレーな映画なんだろうな、と思うでしょうし、確かにそういう作品です。

幼い頃、主人公のちひろは病弱で、でもある宗教が販売していた水を飲ませたら、ちひろの病気が治り、そこから彼女の両親はその宗教に信仰を抱くようになります。そりゃ、自分の大事な子供の病気を治してくれたら、その力を信じてみたくなりますよね。

 

しかし、ちひろの家族の周りは、それをなかなか受け入れられません。ちひろの母親の兄さんとは揉めますし、ちひろの姉は両親の信仰に見切りをつけて、家出をしてしまいます...。

 

日本ではオウム以降、宗教に対してアレルギー症状が残り続けています。確かにあれだけ印象的な事件を起こされると、宗教と聞くだけでアレルギー症状を出してしまうのは分かりますね。日常でも、「あそこの誰々は〇〇教の信者らしいよ」とか、そんな噂話したり、宗教の勧誘が家に来たら恐怖心を抱いた、なんて事もあるかも。

 

てな訳で、ちひろは自分の家族が信じている宗教について疑問を抱きます。まぁ、そういう歳になれば仕方が無いですね。あらゆる物事を疑ったりする年齢に差し掛かって来ますから。

それだけならまだ良いです。問題は、それが学校の人達にバレてしまう事です。先生に自分の親が怪しげな儀式をしている場面を見られてしまい、彼女はそれまで秘密にしていたことが露呈し、困惑するんです。

 

でも、ちひろの家族は、別に他人の権利を侵害している訳でもないし、ただ信じたいものを信じてているだけに過ぎません。他人の権利を侵害しない限り自由、という「消極的自由」という概念は、今では世界で広く普及しています。日本でも憲法で精神の自由が認められています。だから、簡単に処理しきれないんですよね。良いか悪いかは誰にも分かりません。グレーな訳です。

 

そもそも、世の中はグレーです。全くの黒、全くの白は、まず存在しません。分かりやすい悪と言うと、殺人犯などを思い浮かべますが、殺人犯だって、周りの人間の話を聞くと「勤務態度はまじめだった」とか、「挨拶してくれる良い人だった」とか、そんな話をよく聴きます。むしろ、凶悪犯は、学生時代は陽の目をみない大人しい人間だった、ということもありますね。

 

世の中には凶悪犯罪のような分かりやすい悪だけではなく、日常的な表に出にくい悪というのもあります。人の陰口を言うとか、無視するとか、バレないようにズルをするとか、そんな事が常に起こりえます。というか起こっています。学校なんてそんあ場所ですし、歳を取って会社員になっても責任の所在が分からない問題というのが起こりい、居酒屋で文句を言ってみたりします。人はそれを不条理と言います。という訳で、世の中は濃淡の違いこそあれ、常にグレーなんですね。

 

本作も終始、それを表現することに徹しています。凄い事件が起きる訳でもないし、誰かが死ぬ訳でも無いし...。ただ、ちょっと変わった(というのも僕の偏見が入るが)、宗教を信じていた家族が、それ故にちょっと面倒な生活を強いられる、と、ただそれだけなんですね。でも、それが非常に面倒なんだな、と。当人たちも周りの人も。

 

そんなちひろにも、少し救いがありました。母親の兄が、ちひろに別の道を用意してくれたり、学校の友人がその出来事の後も、隣にいてくれたりと、彼女の周りには、「宗教に入っている」という理由で彼女を変な目で見ない強さがあったのです。彼女は、そんな強い人間たちに恵まれていた、と。この辺が彼女の救いになる訳です。グレーな中でも、その人を信じる強さ、本作のテーマである「信じる」が、この辺にも上手く現れているんですよ。

 

ちょっとでも怪しい人を見たり聞いたりすると、スグに叩きたがる、自分の頭では考えられない脊髄反射的な人間がいるなか、この辺に強く生きるとは何か?という問いの答えがあります。結局、強さとは、グレーな中を生きる事なんですよね。実際、人なんて、脳みそを覗ける訳でもないから何を考えているか分かりませんし、常にグレーなんですよね。

 

「信じる」という行為は、まさに不安定な中にしか存在しえない。そこで、それでも信じられるか、あるいはそれは間違っているか、自分で考えられる力が問われているのでしょう。ちひろの友人の姿に、それを感じました。

 

分かりやすい善悪や白黒に吸収されず、世の中の不明確さ、グレーさを、上手く表現している、エンタメとしてめっちゃ楽しい訳ではないけど、凄く「良い」映画です。

 

そう言えば、本作の大森立嗣監督の、「さよなら渓谷」とかも、レイプ事件の被害者と加害者が一緒に暮らす、という不思議な映画でしたなぁ、と。

 

さよなら渓谷

さよなら渓谷

  • 発売日: 2016/04/15
  • メディア: Prime Video
 

 

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東浩紀氏の「平成は間抜けな祭りの時代」に激しく共感....。

のんべんだらりと生きている者です。納税者の皆さん、お疲れ様です。

さて、令和が始まって一年が過ぎ、「令和おじさん」菅義偉氏が総理大臣になりました。

時代が過ぎるのは早いもので、平成が終わって、安倍政権も終わって、ついて本当の新時代に突入、といったところでしょうか.....。

そんな時に面白いものに出会いました。「ゲンロン」という会社を経営している哲学者の東浩紀氏の、以下の記事です...。

https://www.bookbang.jp/article/566944

 

本記事は、思想家であり哲学者であり、「ゲンロン」という知的プラットフォームを運営している東氏が、「平成」という時代を、自身の思想の変遷と共に振り返る、という内容です。いわく、「間抜けなお祭りの時代だった」と...。一部引用して紹介。

 

そう、平成はその名のとおり間抜けな時代だった。平成に入る直前の日本は大きな可能性を秘めた国だった。世界第二位の経済大国で、欧米も仰ぎ見る技術大国で、時価総額で世界トップの企業がごろごろとあり、若者も多く、人口もまだ増えていて、二一世紀は日本の時代だと言われ、新首都の建設さえ真剣に検討されていた。にもかかわらず、平成期の日本人は、自分たちになにができてなにができないのか、そもそも自分たちはなにをしたいのか、きちんと考えないままに自尊心だけを膨らませて、空回りを繰り返して自滅した。それを間抜けといわずして、なんと形容しよう。

 

それはつぎのようにいいかえることもできる。平成は祭りの時代だった。平成はすべてを祭りに還元し、祭りさえやっていれば社会は変わると勘違いをし、そして疲弊して自滅した時代だった。

 

 

思えば、本当にそうだなぁと。

 

僕は平成一けた産まれなので、バブルが弾ける前、つまり「JAPANアズnumberワン」と言われていた日本を、この目で見たり肌で感じたりした事がない。

僕には、きっと凄い時代だったんだろうな、という事しか分からない。株式の時価総額がトップを日本企業で独占していたなんて、今では考えられないが、確かにそういう時代はあったのだな、と。そんな時に産まれていたら、まだこの国を好きになれていたかもしれないですね。

僕が産まれてから、この国にはロクなことが無いように思える。バブルが弾けて、オウムがあって、山一證券が潰れて、酒鬼薔薇聖人が出てきて、ホリエモンが一世を風靡して逮捕されて、就職氷河期が来て「ロスジェネ世代」が誕生して、ワールドカップを開催して、民主党政権が誕生して、2度の大地震が起きて、再び自民党になって安倍政権が新安保法を作って、アベノミクスで株価だけは上がって、シールズなんて訳の分からない連中が騒いだり.....。

 

やれやれ、中には華やかなイベントもあるけど、どれも実態の無い空回り、つまり単なる「お祭り」のようですなぁ....。どれもコレも、騒ぐだけ騒いで、中身の方は全く伴わない空虚なものにし思えない。それが平成の本性だったのだろう、と...。

 

今思うと、オウムはそんな時代の幕開けだったように思える。大きなイデオロギーに引っ張られる訳でも無く、行先を見失った人間たちが訳の分からないものに付いて行って、地下鉄で毒を撒く...。

昭和の時代は、まだ「反資本」など目指すべきものがあったのだが、彼らは一体なにを目指していたのか?きっと、中身なんて無かったんだろうな。でも、それがその後の日本を象徴していたとは、その時は誰も知る由もなかっただろうな....。

 

その後もロクな事なんてなくて、ホリエモンが新しい時代を作ってくれるかもしれないと期待されたけど逮捕されてしまったし、民主党に政権が移ってから何かが変わるかもしれないとマスコミが騒ぎ立てたけど何も変わらなかった。

終わりの方には新安保法に反対する「シールズ」という若者の集団が誕生したけど、法案の中身とか背景とかはまるで知らない連中で、あれこそ平成が生んだ中身の伴わない空の人間であることを露呈してしまった。

 

今でも、反安倍の人たちが騒いでいるが、君たちがロクでもないから、君たちの嫌いな安倍ちゃんが長期政権を築いてしまうのだ、となぜ気が付かない?党名を変えたりしても、反安倍を唱えても、結局それは中身のない「お祭り」なんだと。

それはアメリカでも同じで、反対側がどうしようも無いから、せめて消去法で少しでもマシな奴が選ばれているのだと、マイケルムーアの「華氏119」を見て、少しは勉強して欲しい。

 

華氏119(字幕版)

華氏119(字幕版)

  • 発売日: 2019/03/19
  • メディア: Prime Video
 

 

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そんな事をしている間に、遂に中国に追い抜かれた。インドも追い上げている。アメリカとの差もどんどん広がっている。何より、アマゾンとかGoogleが、日本を支配するようになった。技術大国日本いったいどこへ?

 

やれやれ、こんな時代は何時まで続くんだ、とウンザリしているのは僕だけじゃないだろう。僕が子供の頃から、朝のニュースでは冴えないサラリーマンが「不況だ」と肩を落としている。こんな光景を毎日のように見せられて、大人を尊敬しろとか、無理な話で...。誰か楽しい姿を見せてくれればなぁ、と思った事は数え切れない...。

 

でも、今後もロクでも無いことが続くんだろうな...。東京オリンピック大阪万博と、中身の伴わない「お祭り」が目白押しだ。中身の伴った実りのある施策は、いつ講じられるのか、と苛立ちを覚えているのは、僕だけでは無いはずだ。平成はまだ続いている。令和なんて名ばかりだ。

 

記事の終わりに、東氏も述べているように、僕だって下の世代から責められる可能性があるのだな、と。「お前らのせいでロクでもない日本になった」と。

確かにそうだな。僕らの世代が、船が沈みかけているのを分かっていながら、何も出来なかったな、と爺になって思う時が来るのだろうなと思うと、凄く悲しい気分になる。どうか、菅義偉新政権には、「間抜けなお祭り」ではなく、中身のある施策を期待したい。じゃないと、平成は終わらないぞ。君が発表した「令和」は訪れないぞ、と.....。

 

ゆるく考える

ゆるく考える

  • 作者:東浩紀
  • 発売日: 2019/02/26
  • メディア: 単行本
 
ゲンロン11

ゲンロン11

  • 作者:東 浩紀
  • 発売日: 2020/09/23
  • メディア: 単行本
 

 

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郡山上機嫌豊かさ意識良いセルフイメージ兄貴力心引き出し力魂力ツイてる.....。

郡山上機嫌豊かさ意識良いセルフイメージ兄貴力心引き出し力魂力ツイてるSERENDIPITY体験学経済的自由己に勝つ分かち合い人生思うがまま四方よしアスリート体型目標モノより思い出ノリとフィーリングで生きる押し出し!いわき脱出したいんご!

 

さて、コレが以前から僕がtwitterで注目している自己啓発バカのプロフィールに書かれた文言である。

 

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どうやら、2013年からtwitterをしているようだが、それからこんな事を書いているのだろうか?だとしたら、進歩が無さすぎると言う他ない。

 

まず、この男の何がダメか?

まず、「人生思うがまま」とか、「四方よし」とか言うけど、「いわき脱出したい」って何だ?人生思うがままじゃないのか?おいおいおい....。自分で言っておいて達成できてないって、ダサすぎやしないか...と。。。

 

そんで次に、「押し出し!」って何だ?「中出し!」の間違いか?

 

僕が自己啓発を嫌う理由はまさにそこ。まず、訳の分からない目標だけたてて、何も実現できない輩が多すぎる。

書店に並んでいる「成功者の〇〇」とか、「〇〇円稼ぐ人の〇〇」などという自己啓発書は、一見凄そうに見えるが、再現性がまるでない。その人だから、またはたまたま出来ただけなのに、誰にでも出来るように見せてお金を取る、という手法なのだ。

自己啓発は詐欺にもよく使える。自己啓発書はまさにそれで、「あなたも稼げるようになりましょう」などと悩める人間を都合の良いワードで勧誘して、高くて中身の無い情報商材でも売りつける、というのは世の中よくあることだ。実際、情報商材を買うような人間で、お金が稼げるようになる人間は、いない。優秀なら、そんな物には手を出さないはずだ。

 

自己啓発好きな人間は、他人にもその訳の分からない教えを強要する可能性があるからウザい。お前一人で勝手にやってればいいのに、他人まで巻き込むのは、キモイ...と。そう言うのが、新興宗教カルト教団とかになるのだろう、と思っている。

 

以前、「思考が現実化する」と言っていた大学生の時の知人が、第二地方銀行に就職したことを記事にした。その知人氏が第二地銀に就職することを思考していたのかは分からないが、とにかく思考はあまり現実化しないことは、分かった。その人を悪く言う気が無いが、やはり思考が現実化するというのは、悩める人を対象にした詐欺的な商売と言う他ないだろう。

 

やれやれ...。twitterにはこのような人間が跋扈していて面白い。しかし、コロナ的な影響で世の中が混乱した時に、このような人間が先鋭化して、テロなどを起こすことがないことを祈りたい。

 

最後に、別に何を信じるかは勝手だし、どのように生きるのかも、個人の自由だ。日本では憲法でそれが保障されている。好きにすれば良い。しかし、それに対して文句を言うのも自由だから、言わせてもらう。

 

コイツ、キモい!

 

押し出しとか兄貴力とか、豊かさ意識とか、人生思うがままとか、そんなことを書く前に、まずは成果を出してからにしろ。誰が見ても、これはダサいと思うぞ。まぁ、ネタになるから、それはそれで美味しいが。

 

 実態のない平成という時代を、まるで象徴するかのような空虚っぷり。せめてホリエモンくらい実績を残してから、言えば良いのではないだろうか。

こういうのって、平成世代独特のものなのではないか、と個人的には思っている。中身がないから、せめて格好だけでも立派なことを言っておけ、という「バブル」に似た物を、感じざるを得ないのだよ。

https://naocchi3.hatenablog.com/entry/2020/09/18/141116

 

東浩紀氏の平成を振り返る記事の内容に似た、「間抜けな祭り」をこの男にも感じるのだよ、と。中身のない祭りには、もう飽きたのだ。

 

島田裕巳「日本の新宗教」読書感想 宗教の発達には社会の変化が関連している

どうも、のんべんだらりと生きている者です。納税者の皆さま、お疲れ様です。

さて、だらだらと映画を観たり本を読んだりしているのですが、最近は宗教とか、社会とかの本を読んでいて、けっこう面白いんですよね。

そんで、有名な宗教学者島田裕巳先生の「日本の新宗教」という本を読んだので、感想を残します...。

 

日本の新宗教 (角川選書)

日本の新宗教 (角川選書)

  • 作者:島田 裕巳
  • 発売日: 2017/09/22
  • メディア: 単行本
 
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映画「インフェルノ」 三部作の最後だから意外性が欲しかったなぁの巻。

のんべんだらりと生きている者です。

ブログの更新も久々になりましたが、そこそこに映画を観たり本を読んだりしていました。

そんで、ダビンチ・コード三部作の最終章「インフェルノ」を見たんですが、まぁ楽しみにしていたわりには、どうも普通というか.....でした。でも、色々と思う所があったので、感想を残します。

 

インフェルノ (字幕版)

インフェルノ (字幕版)

  • 発売日: 2017/01/25
  • メディア: Prime Video
 

 

一作目は見たけど忘れましたww。けっこう面白かった気がします。

 

二作目の『天使と悪魔』は、宗教と科学をテーマにしています。カトリック教会が、ガリレオの地動説を正式に認めたのが1992年で、それまで宗教の下で迫害されていた科学が、ヴァチカンでカトリック協会に対し復讐を企てる.....というお話なんですが、けっこう面白いんですよ。。

宗教VS科学、という図式は使い古されているように思えますが、意外とこういう映画は無かったかも、と....。

宗教と科学と言っても、現代は科学の時代と思うかもですが、宗教は未だに生きています。イスラム教過激派は元気ですし、プロテスタントのファンダメンタル派(原理主義者)は、未だにダーウィンの進化論を巡って裁判を起こしたりと、宗教と科学を巡る問題というのは、未だ現役なんですよね。そういう意味でも、キリスト教とかに興味がある人は見てみると良いでしょう。

 

天使と悪魔 (字幕版)

天使と悪魔 (字幕版)

  • 発売日: 2013/11/26
  • メディア: Prime Video
 

 

んで、第三作の『インフェルノ』なんですが、人口が増えすぎた地球の環境を守るため、ウィルスを拡散させて人口を減らす計画を企てる科学者のゾブリストと、それを主人公の象徴宗教学者ロバート・ラングドンが食い止めにかかる.....という話です。

ちょっと前作と筋書きが似てると言うか...。科学者が社会に対して、何らかの復讐を企てるというのが、前作を踏襲しているんですよね。もう少しオリジナリティが欲しいぞと。

 

ラングドン教授と敵対するゾブリストなどの科学者連中は、「地球環境を守るためなら犠牲は構わない」という事で、化学兵器で大規模な殺人を企てます。それは増えすぎた人口を抑制するため、地球を守るため。コレもまた、彼らにとっては正義な訳ですよ。イスラム過激派の理屈よりも、コチラは理に叶っている訳ですよ。

 

一方、ラングドン教授体制側の人は、それを食い止めに掛かります。何でかと言うと、まず現代の社会が、人が人を殺すというのを許さないからですよね。人が人を殺すのは許されない、というごく当たり前のルールの下、彼らは警察と共に計画を阻止に掛かります。

 

最期、彼らのイデオロギーがぶつかります。「人口が増えすぎたから抑制するべきだ」という側と、「だからと言って、人を殺して良い訳では無い」という側が、最後に相対します。現代の社会は、後者の「人が人を殺してはいけない」と言う立場なので、主人公もそちら側です。この辺が、やはり古いなぁ。まぁ現代的な道徳は、とにかく人の命を守る事に正義を置くので、主人公はそちら側に居なければいけないのは分かりますが。

 

僕個人としては、ラングドン教授と対峙するゾブリストらの「人口が増えすぎたから抑制するべきだよね」という立場です。食事も出来ないし水も飲めない人間が多くいるのに、人を増やしてどうするんだ、と常々思っております。

日本でも、お金が無いのに子供を作るどうしようもないアホがいますが、どう考えても愚かだろと。ちゃんと食わせられる人間が子供を作るべきだというのは、産まれて来る子供の為なのです。地球規模でも同じことが言えます。本作のゾブリストらの言い分は、実はめちゃくちゃ正しいのですよ。食えない人間は出すな、と。

 

そろそろ地球は本気で人口抑制に取り掛かった方が良いでしょうねぇ..。だから、せめてこの映画では、人口抑制派が優位な終わり方をしても良かったんじゃないかな、と思う訳ですね。

せっかくダビンチ・コードシリーズは世界的にもヒットしていたのに、しかも本作は第三作なんだから、もう少し工夫を凝らした、凡庸ではなく見る人を意外性で驚愕させるような終わり方をして欲しかったな、と。まぁ、決して詰まらなくはないのですが。

 

ダ・ヴィンチ・コード(吹替版)

ダ・ヴィンチ・コード(吹替版)

  • 発売日: 2013/11/26
  • メディア: Prime Video
 
インフェルノ (字幕版)

インフェルノ (字幕版)

  • 発売日: 2016/12/23
  • メディア: Prime Video
 

 

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映画「華氏119」感想 トランプ批判一辺倒ではない所が良い映画。

こんにちわ、なおっちです。

無職をしていてコロナ不景気で一生就職とか出来そうにない負け組26歳です。

 

さて、マイケルムーア監督の「華氏119」を見たので感想を書きます。

日本でもプッシュされて話題になりました。やはり流石マイケルムーア、単なるトランプ批判になっていない所が良いですね~。

 

華氏119(字幕版)

華氏119(字幕版)

  • 発売日: 2019/03/19
  • メディア: Prime Video
 
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