ぼっちですが何か?

地方国立大卒ニートの生活記録。精神病持ちです。

映画『星の子』感想 グレーな社会を生きるとは何か?を上手く表現。

こんにちわ。なおっちです。コロナ禍でも平常運転のぼっちニートです。

さて、先日、『星の子』を見てきました。あまり大々的にプロモーションしている訳ではありませんが、一部で話題になっていますね。僕はそういう映画の方が好きです。

 


『星の子』本編映像

 

原作本はコチラです。

星の子 (朝日文庫)

星の子 (朝日文庫)

 

 

本作は新興宗教に信仰を抱く家族のお話です。聴いただけで何だかグレーな映画なんだろうな、と思うでしょうし、確かにそういう作品です。

幼い頃、主人公のちひろは病弱で、でもある宗教が販売していた水を飲ませたら、ちひろの病気が治り、そこから彼女の両親はその宗教に信仰を抱くようになります。そりゃ、自分の大事な子供の病気を治してくれたら、その力を信じてみたくなりますよね。

 

しかし、ちひろの家族の周りは、それをなかなか受け入れられません。ちひろの母親の兄さんとは揉めますし、ちひろの姉は両親の信仰に見切りをつけて、家出をしてしまいます...。

 

日本ではオウム以降、宗教に対してアレルギー症状が残り続けています。確かにあれだけ印象的な事件を起こされると、宗教と聞くだけでアレルギー症状を出してしまうのは分かりますね。日常でも、「あそこの誰々は〇〇教の信者らしいよ」とか、そんな噂話したり、宗教の勧誘が家に来たら恐怖心を抱いた、なんて事もあるかも。

 

てな訳で、ちひろは自分の家族が信じている宗教について疑問を抱きます。まぁ、そういう歳になれば仕方が無いですね。あらゆる物事を疑ったりする年齢に差し掛かって来ますから。

それだけならまだ良いです。問題は、それが学校の人達にバレてしまう事です。先生に自分の親が怪しげな儀式をしている場面を見られてしまい、彼女はそれまで秘密にしていたことが露呈し、困惑するんです。

 

でも、ちひろの家族は、別に他人の権利を侵害している訳でもないし、ただ信じたいものを信じてているだけに過ぎません。他人の権利を侵害しない限り自由、という「消極的自由」という概念は、今では世界で広く普及しています。日本でも憲法で精神の自由が認められています。だから、簡単に処理しきれないんですよね。良いか悪いかは誰にも分かりません。グレーな訳です。

 

そもそも、世の中はグレーです。全くの黒、全くの白は、まず存在しません。分かりやすい悪と言うと、殺人犯などを思い浮かべますが、殺人犯だって、周りの人間の話を聞くと「勤務態度はまじめだった」とか、「挨拶してくれる良い人だった」とか、そんな話をよく聴きます。むしろ、凶悪犯は、学生時代は陽の目をみない大人しい人間だった、ということもありますね。

 

世の中には凶悪犯罪のような分かりやすい悪だけではなく、日常的な表に出にくい悪というのもあります。人の陰口を言うとか、無視するとか、バレないようにズルをするとか、そんな事が常に起こりえます。というか起こっています。学校なんてそんあ場所ですし、歳を取って会社員になっても責任の所在が分からない問題というのが起こりい、居酒屋で文句を言ってみたりします。人はそれを不条理と言います。という訳で、世の中は濃淡の違いこそあれ、常にグレーなんですね。

 

本作も終始、それを表現することに徹しています。凄い事件が起きる訳でもないし、誰かが死ぬ訳でも無いし...。ただ、ちょっと変わった(というのも僕の偏見が入るが)、宗教を信じていた家族が、それ故にちょっと面倒な生活を強いられる、と、ただそれだけなんですね。でも、それが非常に面倒なんだな、と。当人たちも周りの人も。

 

そんなちひろにも、少し救いがありました。母親の兄が、ちひろに別の道を用意してくれたり、学校の友人がその出来事の後も、隣にいてくれたりと、彼女の周りには、「宗教に入っている」という理由で彼女を変な目で見ない強さがあったのです。彼女は、そんな強い人間たちに恵まれていた、と。この辺が彼女の救いになる訳です。グレーな中でも、その人を信じる強さ、本作のテーマである「信じる」が、この辺にも上手く現れているんですよ。

 

ちょっとでも怪しい人を見たり聞いたりすると、スグに叩きたがる、自分の頭では考えられない脊髄反射的な人間がいるなか、この辺に強く生きるとは何か?という問いの答えがあります。結局、強さとは、グレーな中を生きる事なんですよね。実際、人なんて、脳みそを覗ける訳でもないから何を考えているか分かりませんし、常にグレーなんですよね。

 

「信じる」という行為は、まさに不安定な中にしか存在しえない。そこで、それでも信じられるか、あるいはそれは間違っているか、自分で考えられる力が問われているのでしょう。ちひろの友人の姿に、それを感じました。

 

分かりやすい善悪や白黒に吸収されず、世の中の不明確さ、グレーさを、上手く表現している、エンタメとしてめっちゃ楽しい訳ではないけど、凄く「良い」映画です。

 

そう言えば、本作の大森立嗣監督の、「さよなら渓谷」とかも、レイプ事件の被害者と加害者が一緒に暮らす、という不思議な映画でしたなぁ、と。

 

さよなら渓谷

さよなら渓谷

  • 発売日: 2016/04/15
  • メディア: Prime Video
 

 

naocchi3.hatenablog.com

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