ニートの平日

地方国立大卒ニートの生活記録。「え、ニートに平日も休日もないだろ....」という下らない日記です。

読書感想:「コンビニ人間」 普通って何?社会不適合やコンビニバイト経験者にグサグサ刺さる本でした。

こんちわ、なおっちです。

kindleの400円OFFクーポンがあったので、それで話題になった「コンビニ人間」を購入しました。本屋大賞?を受賞したことで話題になりましたね.....。

 

タイトル通り、本書はコンビニという場所をを通じて、そこで働いている人間の心情とか、社会とは何?普通って何?という事を描いている本です。

 

特にコンビニで働いた事がある人や、社会に馴染めない人、何となく生きにくさを感じている人などに、凄く刺さる本になっております。

 

別に主人公にとてつもない悲劇が襲い掛かる訳でも無く、淡々と話が進んでいきますが、読む人によっては凄く濃い内容の小説ですね、はい。

 

僕も読み進めるごとに「あぁ~そうだよな~」って共感する所があったり、社会って色々おかしいよなって思ったり、でも自分でも普通ってこうだよねって知らないうちに決めつけていたり、そんな事を思いました。

 

世の中に少し疑問を抱いたり、生きにくさを感じたりしたことがある人は、ぜひ読んでもらいたいです。

 

コンビニ人間 (文春文庫)

コンビニ人間 (文春文庫)

 

 

目次

 

主人公は社会に馴染めない中年女性。

この本は古倉恵子という、主人公のコンビニでバイトをしている36歳の女性が主人公です。

恵子は小さい頃から学校や社会に馴染めず苦労しました。

中学校に上がると、自分は周りと違う人間なので、あまり喋らない性格になりました。というか、自分でそういう風にしたそうです。

そのあと恵子は大学に進学してコンビニでバイトを始めました。

大学を出て就職活動をしてみましたが、どうも上手く行かず結局コンビニで働く事を選び、18年間も経ってしまったという少し変わった女性です。そして独身です。

18年もコンビニで働いている36歳の人って、まぁ確かに普通では無いんですよね。普通っていう言い方も少し乱暴で適切ではないかもしれません。

が、多くの人は就職したり家庭に行ったりしますが、恵子はそういう選択を取らず(出来ず)、コンビニという場所にずっと居る訳です。

 

私はたまに、電卓で、その日から過ぎた時間を数えてみることがある。スマイルマート日色町駅前店は一日も休むことなく、 灯りを 灯したまま回転し続けている。先日、お店は 19 回目の5月1日を迎え、あれから 15 万7800時間が経過した。私は 36 歳になり、お店も、店員としての私も、 18 歳になった。あの日研修で一緒に学んだ店員は、もう一人も残っていない。店長も8人目だ。店の商品だって、あの日の物は一つも残っていない。けれど私は変わらず店員のままだ。

 

恵子はずっとコンビニで働いている訳ですが、この表現は美味いですよね。

コンビニの商品って変わるの早いし、店員も辞める人が多いし、それと対比する事で、自分の「コンビニ人間」としての長さを表現しています。

そんで、少なくとも恵子は、自分が少し変わった人間であることを感じているようですね。ここから読み取れます。

 コンビニで18年間も過ごすのは並大抵では無いし、多くの人にとって一般的ではないです。それを”普通”ではないと片付けるのは少し苦しいかなって思いますが、社会からは少し離されている感じはありますよね。

でも、僕が居た所にも何十年もコンビニの店員をやっている人が居ましたよ。会社をクビになって、コンビニのバイトをして10年くらいになった人とか、わりと普通でしたけどね。特に夜の人とかは長い人が多かったような....。

あくまで感覚値ですけど、各店舗に一人くらいは居るんじゃないかな...。10年近くコンビニで働いている人って...。

なので、恵子のように考える人とかって、世の中には少なからず居るんじゃないでしょうか?そんなに特殊でも無い気もしますけどね。

 

朝になれば、また私は店員になり、世界の歯車になれる。そのことだけが私を正常な人間にしているのだった。

 

そんな恵子でも、やはりどこかに所属する場所を求めるんですね。

恵子はあんまり怒りとか喜びとかを出さないクールな性格ですが、そんな彼女でもどこかに居場所を求めてしまうのでしょう。

やはり、どこかに所属してないと人は不安なんですね。人間固有の「承認欲求」が満たされないと、人は不安になるんですねぇ...。

僕がそうなんですが、大学4年生の時に就職活動が上手く行かず、誰にも認めて貰えない苦しさを味わいました。

そこでバイトを始めたのですが、長続きせず、元々微妙だった精神を壊し、こうなってしまいました。

そういう訳で、この辺も今の僕の境遇からすればグサッと刺さる所なんです。周りと違う選択をしても、コンビニという居場所で確保し、淡々と生きている恵子び強さを感じます。

良い大学を出て就職をしても、精神を病んでしまう人もいるじゃないですか。こんなに生きていくのが難しい社会で、コンビニの店員と言う居場所を確保できるだけでも、それは立派だと思いますけどね。

「居場所が無いんだったら、そこに合わせれば良いでしょ?」とは言いますが、簡単にはいかない訳で....。そんなに簡単に合わせられたら、別に普通に就職している訳で。恵子だってそうなはずです。

ちなみにコンビニの仕事ってやる事が多いので、凄く消耗しますよ。誰でも出来ると言われますが、マジでヤバいです。そういう人は一回やってみて下さい。

 

まぁもうすぐAIの時代が来ますからね。

 

 

普通って何?社会に馴染めない人、生きにくさを感じている人には共感ポイント多し。

学生時代から周りに馴染めず、大人しい人間になってしまった恵子。

何とかコンビニの店員として生きていますが、周りと比べて”普通”では無い自分と、それをあまり良しとしてくれない社会に、戸惑いや違和感に似た感情を持っている事が分かります。

本書はまさに社会のそんな所を描いている本であります。「社会って何?」とか、「普通って何?」とか、話の中でそんな事を問うたりします。

この辺が僕みたいな人間には凄く刺さるんですよね。「あぁ、こういう事あるよね」って、読むたびに共感することが連続でしたよ。

特に周りの人間が、”普通”ではない恵子に干渉してくる所に、言いようもない社会の面倒さを感じます。例えばこの辺。

 

「でも、変な人って思われると、変じゃないって自分のことを思っている人から、根掘り葉掘り聞かれるでしょう? その面倒を回避するには、言い訳があると便利だよ」  皆、変なものには土足で踏み入って、その原因を解明する権利があると思っている。私にはそれが迷惑だったし、 傲慢 で 鬱陶しかった。あんまり邪魔だと思うと、小学校のときのように、相手をスコップで殴って止めてしまいたくなるときがある。

 

ここを読むと「普通」って面倒だなって感じるんですよね。いったい何が普通で、何が普通じゃないんだって、いつも思っています。

 

でも、社会では少し変わった所があると、それは「ダメ」って感じになったり....。まぁそれはある意味では正しいのですが、生きにくいですよね。

この本の場合、「社会の暗黙のルール」的な要素が非常に強く出てきます。それを言い換えると「普通」と表現する訳です。この場合の”普通”は「人間は就職して結婚をして子供を作るのが当然」的な意味です。

つまり本書の中で、恵子が18年もコンビニで働いている事とか、結婚もせず独身である事は、社会が作った暗黙のルール、つまり”普通”から逸脱している訳ですね。

周りの”普通”の人は、人間は結婚して就職して子供を作らないといけないと思っている。だから、みんな恵子の人生にあぁでもないこうでも無いと介入してくる訳です。

しかし、その”普通”は、人を知らないうちに殺してしまう毒みたいなモノです。誰が決めたか知らないルールに従えない人は社会から抹殺される。そんな側面があります。

もちろん生き方は自由ですが、今でもそんな性格は強いと思います。それって、凄く危険ですよね?

多くの人がしている様にしないと、自分は社会から疎外されたり認めてもらえない......。そんな空気を作っているようにしか思えないのです。

誰だって普通じゃない所があるじゃないですか。太っていたり背が低かったり、髪が薄かったり、顔が大きかったり、また恵子のように独身で、コンビニで10年も働いていたり...。

恵子の場合、”普通”では無い所が偶然にも性格だったりした訳で、それ以外はごく普通の人間(だと思う)のですよ。僕にはむしろ、人に迷惑を掛けない一番マトモな人間に映ります。

 

んで更に面倒な事に、人の人生に介入してくる人って自分を”普通”だと思っているから、余計に面倒なんですよねぇ...。

本書の中で、恵子が知人の家で食事をしている場面があるのですが、この辺を読んでいると、ゾワゾワと寒気がして来ます。他人の人生にいちいち口出しするって、どう考えても暇ですよね。

現実でもこういう人っていますが、迷惑ですよね。「私たち”普通”の人間からしたら、あなたおかしいわよ」って言われている気がして寒いです。助けてもくれないクセに、余計な事を言うなって事です。

決して悪い人でもなくて親切で言っているとしても、それは寒々とした感情しか呼び起こさないんですよ、僕の場合。本書を読んでいて、ホントそう思いました。

 

本書には、恵子と一緒にコンビニで働く白羽という男が出てきます。30歳を超えても就職せず、何もして来なったダメな人の代表的な人なんですが、そんな彼でも良い事を言っていたりします。

 

白羽さんがテーブルを揺らし、ジャスミンティーがカップから 溢れた。 「僕はそれで気が付いたんだ。この世界は、縄文時代と変わってないんですよ。ムラのためにならない人間は削除されていく。狩りをしない男に、子供を産ま女。現代社会だ、個人主義だといいながら、ムラに所属しようとしない人間は、干渉され、無理強いされ、最終的にはムラから追放されるんだ」

 

「好きじゃない。大嫌いだ! でも、この世は現代社会の皮をかぶった縄文時代なんですよ。大きな獲物を捕ってくる、力の強い男に女が群がり、村一番の美女が嫁いでいく。狩りに参加しなかったり、参加しても力が弱くて役立たないような男は見下される。構図はまったく変わってないんだ」

 

結局、人間は次の命を産んで育てる事で、社会に貢献できます。歴史的にも生物学的にも間違いありません。

技術や文化が発達して、暮らしは便利になったし生き方も多様になりました。しかし我々の社会の本質は昔と何も変わっていないんですね。

獲物を獲って(現代では貨幣を外から獲得してきて)、子供を育てて、初めて人間として認められる的な考えは、縄文時代から何も変わっていないんですね。意外と鋭い分析です。

そういう所から、”普通”という考えが定着したりするのかな....。こういう事を研究している人とか居そうだけど、それって面白そうだなって思います....。

我々の生活から本書で言うところの”普通”が消えたら、生命が絶滅してしまう恐れもある訳ですよ。それを考えると、やはり世の中には、”普通”って必要なのかな?って思ってしまいます。

 

もちろん人を殺してはいけないとか暴行はいけないとか、人の金品を盗ってはいけないとかは分かりますよ。

そういう最低限の事はキッチリ法律で決めれば良いです。そうすれば、社会生活が上手く回るでしょう。

でも、それ以上の決まりって、逆に人を不幸にするモノでしか無くないですか?誰か決めたか分からない”普通”って、人を殺すくらいの殺傷能力があるんですよ。

本書のように、「就職して、結婚して、子供を産むのが普通...」的な考えって、迷惑だしウザいだけですよね。学校などで髪の色が違うとか怒られる事もありますが、あれもどうかと思ってます。

 

まぁそれは、人間が生き残っていくために必要なルールなのかもしれませんが...。。

 

誰にとっても良いシステムというのは存在しませんが、法律という最低限のルールを守れば良いでしょう。”普通”という枠で誰かを苦しめたりしない社会って、出来ないんですかね?って本書を読んで思いました。人間は辛いよ.....。

 

 

所々に感じるコンビニの良くある話。

僕、今は精神的にアレなのでニートをしているのですが、昔はコンビニに居たこともあります。

なので、この本に出て来る所で、よくある場面が多いんですよね....。あぁ、やっぱりコンビニって働いている方にとっては、けっこう辛い場所だったりします。

例えば、シフトを忘れて来ない人が居て、それを補充するために違う人がその時間に入ったり、レジ操作に新人が戸惑ったり、そういうのがあるから、コンビニってかなり面倒なんですよね。

やる事も多くて、普通の商品の販売から宅急便、券売機の操作、発注までしないといけないなんて、スキル高杉でしょ?皆さん自信ある?

本書を読むとそういうコンビニ色んな事が分かるので、忙しいサラリーマンの人も、どうかコンビニの人には少し優しくしてあげて下さい。

 

 ではでは。

 

コンビニ人間 (文春文庫)

コンビニ人間 (文春文庫)

 

 

 

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