ぼっちですが何か?

地方国立大卒ニートの生活記録。精神病持ちです。

「自由」とか「生きる事」とかに疑問を持つ僕が、それをポエムっぽく書く。

やれやれ....。

春の風と匂いが、僕に何かをしろと呼びかける。

太陽の出る時間は長くなり、昼も明るくなってきた..。

それはこの僕に、「いつまでそうしているんだ?」って問いかけるようで、凄く鬱陶しい..。

春を嫌いになったのは、いつからだろうか?

寒い地域の冬を凌いだ、あるいは生き抜いた者からすれば、春というのは喜びの季節だ。

しかし、僕にとって、それは、いつからか「何かを強制する強迫観念」でしかなくなった....。

そもそも誰でも積極的に行動したい訳ではない。内に籠って一生を暮らしたい人もいる。

しかし社会はそうはさせてくれない。時に人間は嫌でも外に出て行動しなければいけない。春は特にそういう季節だ。

人間が社会で行動すると、嫌でも他人との関わり合いになる。それは、嫌というほど他人は自分の居場所に踏み込んでくる事でもある。

しかし、それは、多くの場合、何も与えてはくれない。逆に時にそれは大きな爪痕を残して去っていく事もある。

「なぜ、あの人はあのような事を言ったのか?」とか、「彼はなぜこのよう事をして去っていったのか?」など、こちらが求めてない行為について、時に深く考えなければいけない。

また、好き嫌いに関わらず、自分も時に相手の所へ入っていかないといけない。そこで遭遇したくない状況に出くわしても文句は言えない。好き嫌いに関わらず、それは訪れるのだ。

 

人間社会は好き嫌いに関わらず、他人と自分が大事な所に侵入したり、あるいは侵入されたりして、時に大事なモノを取ったり取られたり、損傷したりされたりしながら、生きるシステムになっている。

その行為は「コミュニケーション」と言われたりもする。それは人間社会の営みを円滑に進めるためのツールだ。

しかし、上手く生きるための道具が、逆に人をすり減らせ、時に生きていくのも困難になってしまう程にさせる。これは皮肉というかジレンマというか....。

何でそれをしなければいけないのか、考える猶予もなく、春はそう呼びかける。「君は社会に出て、好き嫌いに関係なく、社会を上手く回すためのコミュニケーションをしろ」と。

 

僕は大学のある時までは、春という季節は外に出て自由な気にさせてくれる時期だと思っていた。

しかし、ある時から、その「自由」というのに、逆に困惑するようになった。

それまで、学校あるいは、大学という緩い縛りが、僕を”適度な不自由”にさせていた。

その”適度な不自由”に慣れ親しんだ僕にとって、それは、ある意味では、それは最も適度な、僕という人間が扱える”自由”だったのだ。

つまり人間にとっては、ある程度は不自由な方が、生きるには最も最適なのかもしれない。

例えば、学校では生徒たちが自由を求めて大人に反抗する。しかし、一方で、上級生たちは、下級生たちを自分たちで決めたルールの下に支配し、優越感に浸っている。

そして下級生たちは、上級生が作ったルールに従っておけば、自分たちには責任を問われる事はないと安心している。

彼らは自由を求めているフリをして、実は心の底から本当の自由が欲しかった訳では無いのだ。

そして生徒、学生たちは、学校を卒業すると、従属する場所、つまり不自由を求めて就職先を探す。

これは何とも不思議な行為である。会社に入るというのは、ルールに従う場所に入るという事だ。

会社だけではない。人間を不自由にさせる場所は他にも多くある。それは家庭だったり、配偶者だったり、時に住む家だったりする。

普段、自由を声高に叫ぶ我々人間は、社会の中で生きるために、自らを不自由にするモノを求めて彷徨い歩くのだ。

自ら縛られるために、自分で不自由な場所を探し求める..。人間は、やはり完璧に自由では生きられないようになっている。これは間違いないだろう。

人間の”不自由を求める”というのは、ある意味、上手く生きる上では必須になっている、と言うのも事実である。人間自身が勝手に、不自由を強制するルールを作っているのだ。

どこの集団に所属するかとか、どこの地域に住むのかとか、その”不自由先”を上手く選べるかどうかで、生きられるかどうかは決まってくる。

自分を不自由にする会社を上手く選べれば、「〇〇会社勤務」という形で肩書が与えられ、言わば「社会で生きる権利」が得られるのだ。

同様に、自分を縛る家庭や配偶者を選んで、「家族」という集団を所有すると、上手く自分を不自由に出来た事になる。すなわち、「立派な人間」と評価され、社会では一流と言われる節がある。社会とはそうなっているのだ。

 

言うまでもなく、完全に自由で生きられる人間は少ない。それは物凄く優秀な人間しか実現できない事だ。

完全な自由は、多くの人間には大きすぎて扱いきれない。身の丈に合わない自由は、逆に人を苦しめ、孤独にさせる。「あぁ、こんなモノ、何で選んでしまったのだろう?」と、人を後悔させる時だってあるのだ。

多くの人間、つまり自由を扱いきれない人々は、何かしらの形で、自らを不自由な環境へと追い込む。

それは、自由を扱えない人間が、上手く生命を延長させる術であり、彼らにとっては居心地が良い場所なのだ。

「ちょっとくらい不自由な方が責任からも逃れられるし、自分で考えなくても、誰かが勝手に上手く物事を運んでくれるから、それに乗っかる方が良いよね」。というように、人間には、自由というのは荷が重すぎるのだ。

 

しかし、上手く”不自由先”を選べず、自由さえも使いこなせない人間はどうなるのか?

その人間は社会不適合と言われ、時に社会からは抹殺され、生きる権利すら失ってしまう。

自分から”普通”に生きる権利を放棄しているのだ、という批判もあるだろうが、必ずしもそうではない。自由を使いこなせるほど優秀ではないけど、ある事情で不自由な環境も選べない人間もいるのだ。

学校で理不尽な目に遭った人などは、その後の人生における影響も少なくないだろう。その後、人生を”普通”に生きられないはずだ。

そのような人間にまで、「自己責任」のレッテルを貼るのは違う。小さい時に与える影響は大きい。

人間はその人の数だけ事情があるもので、一言でその人間を言い表すことは出来ない。

その人にはその人の背景がある。もしかしたら、過去の様々な事情で、生きている事を苦痛に感じる人もいるだろう。

そのような人は、”不自由”になる事も出来ず、自由を使いこなすのも難しい。どこへ行く事も出来ずに、ただ息をする事を強いられるのかもしれない。

そうなった時、人間は暗い闇の中で、ながく出口の見えないトンネルの中で、光が見えぬまま、彷徨い歩くか、黙って立ち尽くすことしか出来ないのかもしれない..。

それは想像以上に難しい。人間は何もない場所で一人で居る事に耐えられない。宇宙飛行士になる人間は孤独に強い人間である必要があるらしいが、それと同じだ。

つまり、暗い中で一人、どこへ行く事もなく、彷徨い続けるという事なのだ。

 

生きるとは、それだけで苦境を伴う行為である。産まれたばかりの人間が輝いて見えるのは、過去という重荷を背負っていないからだ。

歳を重ねる毎に、人は輝きを失う。徐々に昔に問われて、色が限りなくグレーに近くなって来る。時に過去に飲み込まれたまま、もう戻って来なくなる事もある。

重くて黒い過去を抱えた人は、それが一生付きまとう。その中で、生きる喜びが生きる苦しみを上回ってしまった時、どうなってしまうのか?

その時、人間は普通に生きることは出来るだろうか?通り魔などの事件を起こす人は、おそらくこういう心境なのかもしれない。

よく、「生きている事に感謝しろ」と言う人間がいるが、それは器用に生きられない人、つまり”適度な不自由”を見つけて所属する事が出来ない人間には、それは押しつけがましくて一方的な、鬱陶しい言いがかりでしかないのだ。

僕も言われた事が何回かあるが、では、この痛みは何だ?この痛みが、お前に分かるか?「もし分からないんだったら、そんなの強要するんじゃない!」と、喉まで出掛けた言葉を飲み込んだ事もある。

産まれてくるのは自分の意思では選べないし、我々はたまたま生きているだけだ。別に対した意味はないし、死ぬときは死ぬ。

呆気なく心臓の動きを止めてしまい、生きていた事すら忘れられてしまう。人が生きるなんてせいぜいその程度の事で、そんな大袈裟な事では無い。たまたま親が交配をして、運よく種と卵がくっ付いて、産まれ落ちるだけだ。

そこに「感謝」などというものを介入させないで欲しい。

 

話は少し逸れるが、先日、8年目の震災の日を迎えた。震災で亡くなった人には、せめて安らかに眠って欲しい。被災地の復興が早く進む事も祈っている。

僕が住んでいた県でも、少しは被害があったから、完全に他人事とは言えない。僕も不便な想いをした。

しかし、それは自然災害であり、人間にはコントロール出来ない要素が多い。むしろ、人間は自然に生かされている部分が多く、8年前のアレは、その自然がたまに暴走したくらいの程度だ。

その災害で、あたかも自然を悪党呼ばわりする風潮に、どうも僕は納得がいかない。先にも書いたが、死んだ人や被災地を悪く言う訳では無い。

地球で生きていたら、それは避けられない事だ。日本は災害の多い国かもしれないが、世界のどこの行っても災害は起こるし、亡くなる人もいる。それは残念な事だが、避けられない。

明日、自然災害が起きて死ぬ確率を、我々人間は誰でも抱えている。程度の違いはあれど、その点で人間は平等なのだ。治安や経済状況などは除いて。自然の前では、人間は無力なのだ。

8年前の震災は、「ワハハ。ざまぁ見ろ人間!お前たちの命は私が預かっているのだよ。その気になれば、いつでも全員を消すことが出来るのだ。そこに君たちが築いてきた社会や高尚な研究の成果など、意味がないのだよ。あまり思い上がらない方が良い」と警告されているようだった。

8年前、雪が降る中、自転車で家路を急いでいた僕は、突き刺す寒さと地震の大きさに困惑し、僅かに残った冷静さと思考力の範囲で、こう考えていた。

やはり辛い事の方が記憶の賞味期限は長いようだ。いずれ我々は、たまたま生きているだけなのだ。そんなに大袈裟な事では無い。

 

そこで、僕は思った。「生きている事への感謝」などは不要だ、と。

 

僕らは好むと好まざるとに関わらず、2人の親が結合して産まれて来ただけだ。そこに生まれて来る人間の意思は無い。

そして、たまたま産み落とされて、好き嫌いに関わらず、他人との侵略のし合いで消耗する。

そして、人間の決めたルールに従い、自分を縛り付ける場所への所属を求められ、出来ない者は「社会に適合していません」という札を貼られて、暗いトンネルの中をただ歩くだけを強いられるのだ。

好き嫌いを問わず産まれてくるのに、その補償は誰もしてくれない。ただフェイドアウトしていくのだ。

 

自然には偶然生かされているようだが、それにいつ殺されても不思議では無い。津波地震で大事な人を殺され、悲しみに暮れなければいけない時もあるし、自分が死んで大事な人を悲しませる事だってある。結局、自然と人間は、そういう意味ではイコールな関係なのだ。

結局、人間が生きているのなんて、そんな偉大な事ではない。人間さえいなければ戦争も起こらないし、好むと好まざると産まれて来た人間たちで、わざわざスゴイ兵器作って命を奪い合う事もないだろう。

動物と植物の食も連鎖だけで世界は完結するかもしれない。その方が、むしろ平和だろう。

変に頭の良い生き物が、あの手この手で命を奪い合う社会より、本能に忠実で「食いたければ食う」という社会で動物たちだけで暮らしていた方が、良いのではないだろか?

 

もう一度言う。生きている事に感謝なんて、する必要はない。我々は。好むと好まざると、たまたま産まれて来ただけなのだから。

人生が楽しい人は勝手に感謝すれば良い。重いモノを背負ってしまった人に、そんな鬱陶しいのを更に背負わせるのは可哀想だろう...。

 

やれやれ....。自由とか生きるって、面倒だぜ。いったい誰がこんなの考えたんだろ?

 

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