ぼっちですが何か?

地方国立大卒ニートの生活記録。精神病持ちです。

映画『長いお別れ』 歳を取ること、リタイア、ボケ、死を体験する時の入門。

こんにちわ。なおっちです。

コロナ渦でも無職で無敵です。この前も採用面接に落ちました。一旦採用にしておいて電話で不採用を告げられ殺意が沸きました。

 

さて、この前は、こういう映画を観ました。

長いお別れ

長いお別れ

  • 発売日: 2019/12/06
  • メディア: Prime Video
 

 

『湯を沸かすほどの熱い愛』の中野量太監督による、4人の普通の家族の、よくある普通のお話です。

『湯を沸かす』は、オダギリジョーのダメ男っぷりが面白くて、しかも死を題材にしながら爽やかな涙を誘発するという素晴らしい映画でした。未見の方は是非。

湯を沸かすほどの熱い愛

湯を沸かすほどの熱い愛

  • 発売日: 2017/04/26
  • メディア: Prime Video
 

 

さて、では話を本作に移しましょう。

四人の家族は、長女が嫁に行き、残りの三人で普通に暮らしていました。

しかし、元教師で今はリタイアした父が、ボケ始めます。認知症です。

んで、嫁に行って今はアメリカに住んでいる長女と、夢や結婚が頓挫した人生が上手くいかない次女、嫁、そしてボケた父の、ちょっと微妙な、その後の人生が始まります。

山崎努演じる父は、元教師で校長先生までやった、言わば少し偉い人です。そんな彼がボケて、家族に負担を掛けながら暮らすことになります。

 

一説によると、学校の先生とか、会社で少し偉くなった人とか、リタイア後が大変らしいですね。職場での感覚が抜けないのか、日常生活でリタイア前の癖が出てしまうとか。そういう人が、家や外出先で態度がトラブルを起こすとか、多いようですよ。リタイア前後のギャップとでも言いましょうか。あくまで聞いた話ですが。

んで、この父も例外ではなく、認知症となり、徘徊やスーパーで万引きをするなどのトラブルを起こします。遂には介護が必要なります。

 

んで、それは家族にも影響してきます。嫁に行った長女は特に、アメリカから父を気に掛けるのですが、自分の家族の事もあります。その辺が難しいなぁと。男なら自分の実家は大事にする必要がありますが、女だと旦那の両親の世話をするのが一般的で、その辺が。この難しい立場の役を竹内結子が演じています。この時なにを考えていたんだか。

 

本作はよくある家族の死をテーマにしています。校長先生まで務めた父が認知症によってボケて来て、万引きをしたり徘徊して周りに迷惑を掛ける所は、見ている側としては痛恨の極みです。それは山崎努のガッチリした体格と険しい顔立ちと対照的に映ります。この対比は製作の意図でしょう。

間近で見る家族なら尚更、外見とは真逆の現役時代とは程遠い彼の姿は、頼りなくて情けなく思えるでしょうね。その時の痛みというのは、どれ程のものか、やはり想像は出来ても生で体験するのは違うのでしょうね。

いずれ本作は、人が衰えることと、死ぬこと、それを見ることの痛みを感じさせるには充分すぎます。リタイア、衰え、死を、どう受け入れて反映させていくのか。その実存的な問いを、痛みと共に運んできます。でも、このようなのが、死を体験する事の第一歩になるんです。

 

元校長の父と、その家族はどんな選択をするのでしょうかね。元校長という偉い人の象徴とも言える人間のその後は、案外難しいのかもですね。今まで人から先生と呼ばれて来た人間は、無条件に人から尊敬されてきた(と少なくとも自分では思うことが出来た)のが、その後にそれが無くなると、バランスを崩してしまうのか、僕は少なくとも関係があると思っています。

 

身体も頭も動く時から、加齢につれて両方微妙になるけど、それも含めて人生です。ここが抜けてる人が多すぎます。社会に出て、偉くなった人は、意外とここが盲点になるのかもしれないです。

いずれ誰にでもリタイアやボケ、死が訪れます。リタイア後の生活は現役時代とは違います。ちゃんと想像しておかないと、ギャップに耐えられなくて痛い目に逢うかもしれません。

退職後、時間だけあるのは辛いでしょうね。だから、バイトでもして死までの時間を潰すのか、お金があるなら上手くそれを使って終末を楽しく過ごすのか。ただ家にぼおっとしているのは、やはり夫婦的にも良くないでしょうね。

 

そんで、どうやってリタイア後とか死について考えるかというと、映画を観たり本を読んだりして免疫を付けるとか良いでしょう。世の中こういう事もあるという事を、あくまでもフィクションとしてでも脳の中に植え付けることで、現実世界への免疫になります。その為に映画や本はあるのですよ。

規制ばかりで、芸術から毒が無くなったら、人はどのように世の中の毒を疑似体験するのか。ちゃんと考えましょうね。

 

確かハイデガーだったか、「死への存在」つまり死と生、ただ生が続くのはあり得ず、死を意識することで本当の生は始まるのだ、と唱えました(多分)。

生物が産まれて、まず最初に決定しているのは、何より死があるという事です。他の事はその後に付いてきます。つまり、必ず訪れる死を意識させてくれる体験が人には必要なのです。じゃないと生を自覚出来ないと。

 

どう死ぬかというのもまた大事なんですね。死ぬまでが人生ですから。あらゆる物事には終わりがあって、だからそれをどのように終わらせるか。カッコ良く終わらせたいのか、カッコ悪くても良いからボロボロになるまで生きて終わらせるのか。少なくとも確実に訪れる死にたいして、人間は選ぶべきです。そこまでが、人が生きるということでしょう。

 働いて、リタイアして、多かれ少なかれ認知能力が低下してきて、やがて死ぬ。もちろん思い通りには行かないですが、大雑把なイメージくらいはしておかないと、終わりを上手く迎えられなくて、最後に悲しい思いをしてしまうかも。本作は、そんな気付きを与えてくれます。

 

追伸。個々の役者の容姿について映画評論で触れるのはセンスが無いと思っています。だって映画はストーリーが大事だから。

でも、本作の竹内結子は、なんか良かったな。旦那と子供がいて、でも自分の実家も気になる、難しい立場の長女は、どんな心境だったのかな。彼女、凄く綺麗なんだよな。その人にしか分からないのに勝手に想像するのは失礼ですが、やはり本作の父のような衰えや死に対する恐れが、多かれ少なかれあったのかもしれないですね。あるいは過去に引っ張られてしまったか。

いずれ「死を選ぶ」というのも、また「生き方」なのかな、とチラッと思わなくもないです。彼女の「生き方」あるいは「終わら方」は、そうだった、と思うしかないです。凄く残念ですが、せめて安らかに。

 

ストロベリーナイト

ストロベリーナイト

  • 発売日: 2013/11/26
  • メディア: Prime Video
 
いま、会いにゆきます

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  • 発売日: 2013/11/26
  • メディア: Prime Video
 
コンフィデンスマンJP ロマンス編

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  • 発売日: 2019/12/04
  • メディア: Prime Video
 

 

naocchi3.hatenablog.com

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