三島由紀夫の演説に比べたらsealsのデモなど意味がない!
新年の何かの番組で、「嫉妬した人」という番組が放送されてました。
そのなかで、美輪明宏氏の嫉妬した人に、三島由紀夫氏の名前が挙げられました。ざっくり言うと、凄くいい人だったそうです。
そんな三島由紀夫氏は、市ヶ谷での演説の末、自殺しました。学問にも芸術にも秀でた才能を持っていた彼の死にショックを覚えた人も多かったはずです。
その演説では、自衛隊を否定する憲法と、それに従う自衛隊の異常さを批判しました。「なぜ、自分達を否定する憲法を守るのか?」という言葉はパワーがありますね。
東大法学部卒で大蔵省官僚、小説家としても活躍し凄まじい影響力を持っていた三島氏。そんな彼が平和ボケした日本に警笛を鳴らし、自殺でとても強いショックを与えたにも関わらず、今の日本の状況はあまり変わらず、憲法の改正には至っていません。
彼が死なず、今でも活動していたらどうなっていたでしょうか?少なくとも、もう少しまともだったのでは、と思います。
と、ここで一組の団体の姿が思い浮かんできました。国会前で安保関連法案反対デモを展開していた、学生集団のsealsです。
彼らは音楽に乗せて安保関連法案に対し意義を訴え続けました。奮闘空しく法案は可決してしまいましたが、世間を大きく賑わせたのは記憶に新しいですね。意見があったら堂々と言う彼らの姿は凄く良いものだなと、当時の私は思ってました。
しかし、主張の内容にはあまり同意出来ませんでした。そして、彼らがテレビで言っていた事にも、色々とおかしい点が多かったです。
例えば、「侵略は酒を飲み交わして止める」と言った人がいました。これには笑しかありません。もう少し現実を見て発言してほしいと思いました。
と、ここでもう一度、1970年に演説中に自殺した三島氏を登場させます。
彼は、自衛の為の戦闘とそのための戦力の保持を否定する憲法が、非常に危ういもので日本を滅ぼすという事を、大勢の前で主張しました。内容的にもパフォーマンス的にも、sealsのデモに比べるまでもないでしょう。
長々と書いてきて、何が言いたいか分からなくなりました。申し訳ありません。何が言いたいかというと、
デモなんて意味がない
という事です。
官僚経験者で芸術にも才能がある一人の有名人が(当時の三島氏がどれほど有名かは分かりませんが、今のテレビタレントくらいの影響力があると仮定して)、自らの命を犠牲にしてまで訴えても、憲法の改正はされていないのです。
それなのに、どこの誰かも分からない学生が何人か集まってラップで法案に反対したって、何も変わらないでしょ?
懸命にデモをしていた人達には非常に申し訳ない。しかし、これが真実でしょう。影響力のある人間が命を犠牲にしても、政治は変わらないのだから当然です。
では、sealsのような集団は、現実的に何をすれば良いのでしょうか?
それは、選挙に行かない人を一人でも多く投票させるという事だと思います。
現在、国政選挙の投票率は低いです。投票率が低いと、大きな政党が有利です。もし、その人たちが投票に行き投票率が上がれば、結果は変わるかもしれません。
国会前で「憲法守れ!」と連呼するのではなく、駅前で投票にいくように呼び掛ける方が懸命な行動と言えるでしょう。
投票する人が多いほど、より多くの意見が反映出来ます。当たり前ですが、投票率は高い方が良いのです。
まぁ、私は外交に関しては保守派なので、投票に行く多くの人が正しい判断をしてくれることを、信じています。
デモなんて意味ない‼
これが言いたかったんです。終わり!