ぼっちですが何か?

地方国立大卒ニートの生活記録。精神病持ちです。

『マチネの終わりに』感想 ただのオシャクソ映画だと思っていたけど意外と面白かったけど不満もいっぱいの巻。

こんにちわ、なおっちです。

無職ロックンロール3年半の男です。ゆえにコロナでも無敵です。

 

はて、『マチネの終わりに』を見ました。平野啓一郎の原作も有名らしいです。

マチネの終わりに(文庫版) (コルク)

マチネの終わりに(文庫版) (コルク)

 

 

あらすじは皆さん知っての通りで、福山雅治演じるクラシックギタリストと、石田ゆり子演じる記者の女の、オシャレなラブストーリーです。

東京を始め、フランス、ニューヨーク、マドリードとかを舞台にした、けっこう大掛かりな作品です。

 

イケメンと美女が出会って、何か恋が始まって、イチャコラして、はいお終いっていう人の性欲を発散している所を見せつけられるムダな映画かと思っていましたが、意外に面白かったです。

フランスとか、そういうオシャレな歳を舞台に登場させると、「いかにもおフランス風でカッコいいでしょ?」という意図が透けて見えるんで、好きじゃないんですよね。欧米コンプレックスの強い日本人が、それを全開にしているような。そういう人、けっこういますよね。

確かに本作にも、そのような傾向が見られます。如何せん、原作者がちょっと左寄りの思想を持っていますから、まぁ仕方が無いと言えばそうなんですが。

 

そんで、何が面白いかって、ちゃんと人間の汚さが表現されていて、かつ意外性が用意されている所です。イケメンと美女が何不足ない生活をして、その上で恋愛をして~っていうんじゃ、つまらないですからね。

物語が動くキーになるのは、福山演じるギタリスト蒔野の女マネージャーです。彼女の悪意で、蒔野と洋子は食い違っていきます。

蒔野のマネージャーは、凄く暗くて真面目そうなんですけど、彼女が突然のクズっぷりを見せてきます。世の中の悪意は意外な所に潜んでいることを表現しています。いかにも「私は大人しくて真面目です」という感じを出しているけど、それは自分がクズであることを隠すため、という醜さ。ジワジワとそれが伝わってきます。

 

その後、二人はそれぞれの人生を歩みます。そこでもロクな事がありません。洋子は以前から交際していた男と結婚をします。しかし洋子が蒔野と出会っていた事を不満に思って、彼は洋子にその仕打ちをします。それで、蒔野の方はまさかの人間と結婚しているという.....。こういう意外性を以てして、良く出来た作品でした。いや、控えめに言って、面白かった。

 

最後にも、若干の救いが用意されています。すれ違った二人が、そのまま出会わなくて闇の中に残されたら、流石にちょっとと思いますが、興行収入のことも考えてか、しっかり明るい未来が最後に提示されます。

「マチネの終わり」の「マチネ」は、「昼の公演」という意味で、要はそういう事でしょう。それまでは昼の公演であったと。夜の公演(下を感じるが)はこれからである、的なそういう意味合いだと思いましたよ。

 

しかし、やはり主人公が福山雅治というのは、どうかと?有名なクラシックギタリストで、イケメンで、そこそこお金を持っていてって...。もう少しどうにか出来ませんかね?

いや、だって、まさかのですよ。まさかの福山雅治ですよ。いかにも過ぎて「またかよ」って思った人いたでしょ?どうして日本の映画は彼を使うことしか考えないのかな?福山しかいないなら、それは日本映画の終わりですね、はい。

 

そして、洋子のお母さんが有名な映画監督の奥さんってどういう事や?長崎県に住む普通の、凄く普通の女が、どうやって世界的な映画監督と出会うんだ?そういう事もあるかもしれないけど、流石に設定的に無理があるぞ。見る人によっては、あそこで飽きて映画に入れなかったかもよ。話が突飛し過ぎは、こういう映画の場合は良くないですね。

 

マチネの終わりに

マチネの終わりに

  • メディア: Prime Video
 

 

naocchi3.hatenablog.com

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