ニートの平日

地方国立大卒ニートの生活記録。「え、ニートに平日も休日もないだろ....」という下らない日記です。

プロフィールを書くのは微妙なので、とりあえず読んで欲しい記事をここに置いておく。

こんにちわ。

 

以前はプロフィール記事というどうしようも無いものを書いていたのですが、流石に僕のプロフィール何か書いても誰も読まないだろ、という事に気が付きました。

また、自分の事を多く書いたり話したりするのは良くない、と気付かされたんで、読んで欲しい記事をここにまとめて置いておくことにします。

 

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このブログを読むような人、またはGoogle検索から辿り着いたという人は、あまり友達がいないか、暇か、無職か、かなり変わった人とかだと思います。

お察しします。その気持ち.....。世の中、辛いことの方が多いのかもしれません....。せめて、このブログを読んで、「あぁ、世の中にはこんな人もいるんだ」と思ってくれれば、幸いです。

最近ではコロナウィルスの流行で経済的にかなり苦しい状況になってきています。世の中、どうにもならない事がほとんどなので、適当に生きていきましょう。

映画『ミナリ』 そういうものに私はなりたい。

こんにちわ、なおっちです。

無職ロックンロール~社畜ロックンロール。現在はスーパーで肉を切ってます。まさに社畜ですね。

 

という訳で『ミナリ』を見てきました。『ノマドランド』に続いてアカデミー賞候補作の鑑賞です。

映画『ミナリ』公式サイト

映画『ミナリ』公式サイト

 

アメリカのアーカンソー州にやってきた韓国系の移民ファミリーが、農業で一発あてようと奮闘する物語です。

 

今年のアカデミー賞では、『ノマドランド』が作品賞をとりました。『ノマドランド』は職を失った女がキャンピングカーで移動しながら、その日暮らしをする話です。人間とは何か?的なテーマを含んだ作品でありました。人が生きる上で大切なことは?と思い立ったら、観てみましょう。

 

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ノマド 漂流する高齢労働者たち
 

 

そんで、本作『ミナリ』は、アメリカのカントリーサイドに移住してきたアジア系家族のストーリーです。

 

『ミナリ』とは芹(セリ)の意味で、セリは何処にでも生えているらしいです。冒頭でファミリーの婆さんが、芹の優秀さを孫のデビッドに説明します。

確かに農作物として良いものは他にもあります。トマト、ニンジン、レタス、キャベツ、などなど、日常的に消費されているものは、このような物です。あくまでセリはマイナーな存在です。

しかし、それらは育てるために適切な環境があります。何処でも育つ訳ではないです。時にビニールハウスなど、特殊な養育環境を必要とします。つまり、それは弱いのです。ミナリ(セリ)は、その反対の強さの例え(メタファ)として用いられています。

 

移民ファミリーに強烈な試練や悲劇が待っていた....ていう訳でもなく。移民だからといって差別に遭うわけでもなければ、凄惨な事件に巻き込まれるでもないです。むしろ回りの人間たちは移民ファミリーに親切に接します。物語はわりと淡々と進みます。これは本当にありそうな、リアルな日常の表現に徹していますね。こういうテイストの映画では、誇張しすぎるのは良くないということを踏まえています。

 

しかし、ファミリーが経営していた農業は行き詰まります。水が出ない、取引先が見当たらないなどの困難に直面し、それもあってか父親と母親の喧嘩が絶えません。だから、夫婦ともに養鶏場で細々と働くのですが、父は成功してBIGになることを夢見て渡米してきたわけです。それに納得いくわけがなく、徐々に夫婦に亀裂が生じます。

 

これをどのように乗り越えるのか、または耐えるのかは観てのお楽しみだとして、やはり本作は『ノマドランド』と似ています。『ミナリ』は、アメリカに移住して一から農業を始める家族の話です。『ノマドランド』も、失業した人間が旅に出て人生をやり直す話です。前者は定住生活者で、後者は遊牧民つまり移住生活者で、そこに違いはあれど、本質的な「全てを捨ててきた状態」あるいは「全てを失った状態」つまり「何もない状態」から人生を始める、という所は共通しています。何も無い状態で、人間がどうにかして生きていく様を表現している、という訳です。

 

都市部あるいは郊外での生活に慣れている人々には、そもそもこういう生活は奇異なものに見えるかもしれないですね。しかし、そもそも人間とはこういうものだったのですよ。人類の、移住しながら生活して、定住を覚え....という過程では、おそらくこんな感じだったんじゃないかな....と個人的には思っています。つまり人間の本当の姿は、『ミナリ』や『ノマドランド』みたいな状態なんじゃないか、と。ゆえに、人間がどう生きれば良いのか、という問いに、この二作は非常に良いヒントをくれるでしょうね。

技術を発達させた人類が、今度は自分たちより遥かに賢い人間やマシンを開発し、実際に運用しようとしています。そこで、いったん基本に戻り、「我々はどこから来て、何者で、何処へいくのか?」という人類の一番の謎に、そろそろ取り組む時が来ているのかもしれないですね..。この2作の流行は、それを反映しています。

 

最後に『ミナリ』は、おそらく賢治の「雨にも負けず」という事だと思います。この詩を引用しておきましょう。ちなみに僕は賢治が好きでもないし、興味もないです。

 

雨ニモマケズ
風ニモマケズ
雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ
丈夫ナカラダヲモチ
慾ハナク
決シテ瞋ラズ
イツモシヅカニワラッテヰル
一日ニ玄米四合ト
味噌ト少シノ野菜ヲタベ
アラユルコトヲ
ジブンヲカンジョウニ入レズニ
ヨクミキキシワカリ
ソシテワスレズ
野原ノ松ノ林ノ※(「「蔭」の「陰のつくり」に代えて「人がしら/髟のへん」、第4水準2-86-78)
小サナ萓ブキノ小屋ニヰテ
東ニ病気ノコドモアレバ
行ッテ看病シテヤリ
西ニツカレタ母アレバ
行ッテソノ稲ノ朿ヲ[#「朿ヲ」はママ]負ヒ
南ニ死ニサウナ人アレバ
行ッテコハガラナクテモイヽトイヒ
北ニケンクヮヤソショウガアレバ
ツマラナイカラヤメロトイヒ
ヒドリノトキハナミダヲナガシ
サムサノナツハオロオロアルキ
ミンナニデクノボートヨバレ
ホメラレモセズ
クニモサレズ
サウイフモノニ
ワタシハナリタイ

参照:宮澤賢治 〔雨ニモマケズ〕

 

つまり、どこに行っても逞しく生えるミナリ(セリ)の様子が、賢治の詩と重なる訳です。ラストのシーンで少し残念なことが起こりますが、ファミリーのミナリのような姿が見えるでしょう。

 

本作、主人公はどうやら婆さんらしいですね。エンドロールでも「全ての婆さんに」とあります。

 

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あえてレールから外れる逆転の無職論。

こんちわ、なおっちです。約4年に渡って無職ロックンロールを叫び続けた26歳。

という訳で働き始めました。スーパーで肉を切ってます。

 

仕事を初めて気づいたのは、働くって素晴らしい、ということ。別に大した仕事じゃないけど、労働力を提供して金を貰うことに悪いことなんて一つもないのです。別に大した仕事じゃないけど、仕事を終えた後、休みの日に何処かに行くとき、全てに於いて無職期間の時より幸福度が高いです。

 

ここから得た教訓がある。人間は一度、無職になるべきだ。

 

これはあくまで個人の感想だ。でも無職を経験して得られるものは多い。無職とはつまり、自分に何もない状態。仕事、金、人間関係、責任など、無職の人間には縁もない。あるのは自分というあまりに無力な存在だけだ。そんな自分という存在を受け入れ、ただただ考える。そうすることで、自分という存在以外に何もない、という状態に慣れ、「自分には最低限何が必要で、何があれば満足出来るのか?」という問の答え(らしきもの)に到達できる。

 

もちろん、その問いに1+1=2のような絶対的な答えはない。あくまで答えらしきものしかない。見方によっては宗教のようだとか言われるかもしれない。しかし、自分という器の中に何を詰めるかという問を立て、暫定的な答えらしきものを導きだすことは、下手をすると人間にとっては何より重要なのだ。自分という器は無限ではない。あらゆる物事には限度がある。何でも入れられる訳ではない。何かを入れたら、何かを入れられないかもしれない。それを選ばなければいけない。そこに何を入れたら良いのかを知れるのは自分しかいない。それを他人に決めて貰うことは出来ない。

 

残念ながら、人生でその問いについて考えられる時間はあまり多くない。学校では部活をしろ勉強をしろと言われ、ゆっくりと思考する暇は与えられない。そのまま社会に出て、忙しさに忙殺され、いざ我に帰ったときに、「さて自分は何をしているんだ?何がしたいんだ?」と答のない問に為す術なく立ち尽くしてしまう....。

 

例えば、学校を出て証券会社に就職したとする。言っては悪いが、証券会社が売ってる商品は怪しい。一説によると、儲かる望みが薄い商品を無理にでも売り付けようとするらしい。成果のでない部下に対しては四季報を投げる、椅子を蹴るなどの指導がされるらしい(これも一説によるとで、はあるが)。

そもそも株式などに詳しいなら自分で運用すれば良い。今時ネット証券があるから、客から金を預かって運用する必要はない。バフェットは証券会社で営業してるのか?違うだろ。

んで、そんな場所で働いて消耗して、果たしてそれは何になるのか?世の中に仕事なんて沢山あるなか、証券会社の仕事をする必要はあるのか?僕に言わせると、多くの証券マンの仕事は、無くても困らない。必死に営業してやっとの思いで金をかき集めて、その金を運用してる時点で、その仕事の価値は薄い。本当に価値のあるものに対しては、客は自ら足を運ぶなり自分で調べるなどして買いにいくものだ。食料品をスーパーやコンビニに買いにいくのと同じだ。本当に必要なら客は自分から買いにいく。

もちろん全ての証券会社や証券マンに価値がないと言っているわけではない。優秀な会社やファンドマネージャーは世の中に存在する。しかし多くない。世の中の大半の人は金持ちではなく、そんな人達から金をかき集めようとしている事から、それは明らかだろう。貧乏人に儲け話はこない。 

そんな証券会社のような場所で消耗していく人間は、果たして本当に証券に拘る必要はあるのだろうか?たぶん、ない。世の中ほかに仕事はあるからだ。でも何でか、ブラック企業で消耗してしまう人はいるのだ。なぜか?その人は、きっと「自分には何が必要か?」という答のない問いに対峙したことがないのではないか?だから、何か分からないけど、とりあえず詰め込んでいる、という状態になっているのではないか?

 

人間はうまれた段階で何をすべきかなど決まっていない。つまり人間には本来的に何も備わっていない。これが人間の本当の姿だ。だから本来の何もない状態から、自分には何が必要で、何を身に付けていく必要があるのか?を考えなければいけない。これが答のない問いだ。

 

残念ながら学校ではその問いに対して答えどころかヒントすら与えてくれない。受験科目には当然ながら答えが用意されているし、何より学校では教員という絶対的な答えが存在している。教員の言うことをやることが、学校では正しい。それゆえ学校は答のある問題を解くことを訓練する場所だ。学校という中途半端な環境に包摂された状態では、自分には何もない状態で考えることが、できる訳がないのだ。もちろん学校を否定するわけではないが。

 

だから、人は一回は無職になるべきだ。中途半端に何かに包摂された状態で、自分の器に何を入れたら良いのかという深い問に立ち向かえない。その問に対峙できるのは何もない自分だけだ。学校を卒業し、本来の何もないつまり無職という状態に立ち戻って、最低限自分には何が必要かを考える。じゃないと、中途半端に何かを詰め込んで、振り返ってみて自分の気に入ったものは何も残らなかった、という事になりかねない。話しは少し逸れるがコストパフォーマンスで物事を考えると、中途半端で何も心に残らないことになる。

 

もちろん無職になれない人間もいる。「自分という有限な器に何を入れるか?」なんて贅沢な問題について考えるほど豊かではない、という人だって、間違いなくいる。そういう人は、まずは働いて金を作ってから、少し無職になれば良い。働くことつまり会社に勤めるということの答は「利益を出す」という答えがあるし、「答えがある」という意味で学校のテストなど大きな違いはない。

 

しかし自分には何が必要なのか?に答はない。あるとしても人によって違う。誰かが教えてくれることはないし、誰かが答えをくれたとしても、それで自分が満足することはない。そこで、中途半端に何かに囲まれた状態から離れ、「本当に何もない自分」に戻って考える必要があるだろう。そこからしか、"答え"は出てこないだろう。

 

残念ながら人生は有限だ。なんでも詰め込める訳ではない。だから、最低限なにがあれば良いのかを考えて、こんなはずではなかった、という最悪なことにならないで欲しい、と。僕は無職を経験して良かったと思っている。流石に4年は長過ぎだが。自分でも社会復帰にここまでかかると思わなかった....。

 

あえてレールから外れる逆転の無職論。人間に足りないのは、もしかしたら、この精神かもしれない。

 

ちなみに、この記事は、この本から着想を得ています。

映画『ノマドランド』 ノマド生活は楽ではなく、むしろタフさや覚悟が求められる。

こんにちわ、なおっちです。無職ロックンロール→社畜ロックンロールもどき→無職ロックンロール→今度こそ社畜ロックンロールを行き来している26歳。

 

という訳で、バイトの面接に受かった日に勢いで『ノマドランド』を観てきました。チラシの写真がカッコイイですね。

 

 原作本はコチラ。

ノマド 漂流する高齢労働者たち
 

 

リーマンショックの影響で会社を解雇された女が、キャンピングカー一台と最低限の持ち物でノマド遊牧民)的な移住生活を開始するというストーリーです。

 

リーマンショックで労働者のファーンは解雇され、家も失います。そこでバン一台と生活道具で旅に出ながら生活していく姿が、凄く逞しいです。

と言うか、ノマド生活というのは、タフでないと絶対に出来ないでょう、と思いました。

 

ファーンはバンで移動しながら、所々で日銭を稼ぐ労働を見つけて働きます。住居は車なので寒いし暑いし、ウンコも車の中でしますから、臭いです。

さらに行く先々で、その土地の人々(移住者)たちと、上手く関わっていかないといけません。移住生活とは言え、ファーンのような人間たちは少ないくないです。移住者たちのキャンプ的な場所では、爺さん婆さん、そのほか色んな人達が生活しています。当然、そこで生まれる人間関係もあり、それに彼女は上手く対応していきます。

ノマドは自由気ままで、煩わしい人間関係とは無縁と考えていてはいけません。僕はそう考えていたのですが。そこで生まれる軋轢や、逆に絆というモノに、またノマドの味わいを感じます。

例えば、ファーンは車のタイヤがパンクしてしまいます。彼女は自分で治す術を知らなかったので、その辺のオバサンに聴きにいきます。普通はオートバックスとかイエローハットとかに行って交換するかもしれないですが、そうはいきません。彼女はノマドですから。まず誰かに聞きに行くことをしなければいけないです。彼女は他人から助けれ貰いやすい人柄で、そういう所もノマドには必要なのでしょう。そこも彼女のタフさです。やはりノマドは、普通の定住者よりも、コミュ力が物を言うかもしれないですね。

 

前にも書きましたが、ファーンは日銭を稼ぐために、短期間の労働に出向きます、アマゾンの倉庫とか、国立公園の清掃などの季節労働をすることで、必要な金を稼ぎます。移住生活とはいえ、資本主義や貨幣経済のロジックから100%逃れられる訳ではないので、この辺にも難しさがある訳です。上手く折り合い付けながら、生活しなければいけないのです。彼女は周りと上手く協調しながら、上手く生きていきます。この辺からも逞しさが求められるのが分かるはずです?

 

この移住者同士の人間関係というのも本作のキーワードの一つです。移住者の先輩爺さんは「ノマドにさようならはない」と言います。あるのは「またどこかで」だけだと。コレも移住社会ならではです。定住社会だと「あそこの誰々が死んだ」と葬式とか様々なものに追われます。しかし、そもそも家を持たなければ、そういう事にはなりません。生き死に執着せず、死ですら旅の一つである、というノマドの精神を感じますね。でも僕は人間は本来それで良いと思います。誰かが死ぬことは当たり前だから、別に騒ぐことでもないし、大げさに葬式をする必要もない。それが本来の人間ではないかと。少し話は逸れましたが。

 

最後の方にいくと、彼女が定住者に戻るのか.....という案件が発生します。彼女はやはり定住にも揺れますが.....。彼女はどちらを選ぶのでしょうかね。彼女の生き方が問題になります。煉獄さんみたいですが、彼女が如何に生半可でノマドをしていないかが分かるでしょう。ノマドとしてのタフさ逞しさ、覚悟が伝わってきます。

 

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映画『凪待ち』感想 サスペンスなのに何で犯人の動機に触れない?

こんちわ、なおっちです。

『凪待ち』を見ました。白石監督の映画です。

凪待ち

凪待ち

  • 発売日: 2020/02/20
  • メディア: Prime Video
 

 

他には『凶悪』とか『彼女が知らない.....』とかが有名ですね。面白いっすよ。

凶悪

凶悪

  • 発売日: 2014/04/25
  • メディア: Prime Video
 
彼女がその名を知らない鳥たち

彼女がその名を知らない鳥たち

  • 発売日: 2018/04/25
  • メディア: Prime Video
 

 

『凪待ち』は、ギャンブル好きの男が交際中の女と石巻で人生をやり直そうとするが、まさかの事件が起こり...という話です。

 

主人公の男は川崎で印刷会社で働いていましたが、その会社も解雇になり、石巻で彼女である亜弓の実家で印刷所で働きながら再起を目指します。地方の人間というのは村社会なので、ネチネチと鬱陶しい粘着質な連中です。地元の教員の男は、東京(正確には川崎)からやって来た郁男に、亜弓と付き合っていることをネチネチと弄られます。この教員の男は亜弓に気があったように見えます。過去の人間関係を何時までも引っ張るような陰湿な感じは、やはり地方ならではです。僕は地方の人間なので、そういうのは凄く分かってしまいます。

でも、最初は真面目に働いて、周りの人も助けてくれたりで、上手く行きそうでした。

しかし、悪い仲間とフラっと寄った居酒屋で、またもギャンブルにハマってしまいます。バーでヤクザ風の人が運営している、賭博みたい場所です。まぁ良いです。大体こういう男のクセは治りません。人間とはこういうものです。

それだけならまだいいです。しかし、ここで事件が起こります。何と彼女の亜弓が何者かに殺害されます。原因は郁男が夜中にクルマに乗っていた亜弓を喧嘩が原因で降ろしてしまったことです。

 

えええ...。せっかく上手く行き始めていた郁男の人生が、再び狂い始めます。しかも、何と警察から容疑をかけられます。また、会社の人間からある事ない事を言いふらされ、会社でトラブルまで....。完全に、郁男の人生は狂っていきます。

 

ここまで凄く面白いんです。人間の汚さを表現するのが上手い白石和彌は、やはり凄いなぁと思いましたよ。ここまでは...。

 

この後、真犯人が捕まるんですけど、何で亜弓を殺したのか、全く触れられないんですよね。えええ、そこ重要でしょうよ...。

しかも話の本筋ではない郁男のギャンブル物語が加速していきます。亜弓の死後、辞めたはずのギャンブルに更にハマっていくし、何故かスゲェ賭けに出て勝って、しかしヤクザに金を持ち逃げされて..。いやいや、ギャンブルはしない亜弓との約束守れよ。おまえ何も反省してないじゃん...。て言うか、亜弓の殺害理由が明らかになれない時点で白けて、どうでも良いですね。その後も亜弓の親父の船の話とかが出てくるんですが、どうでも良いです。

 

せっかく役者は良かったのに、話も途中まで面白かったのに、どうしてこういう中途半端なものを作ってしまうのかな。白石和彌らしくない...。

そう言えば、問題を起こしても郁男にはスグに仕事が見つかるのは何ででしょうか?僕は特に何も問題は起こしていないのに、面接を受けても不採用ばかりで、何でギャンブル依存でヒモで問題を起こして殺人の容疑までかけられる郁男は仕事に困らないのか?見ていて全く共感できないっすwww。

せめて犯人の動機さえしっかり明らかになるか、最後に無惨にも郁男が殺されて後味悪いラストになれば、良い作品だったのですが....。まぁ本作は駄作ということですな。

 

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映画『メランコリック』は色々いいんだけどストーリーが微妙で惜しい..。

こんちわ。なおっちです。ブログで生き恥を晒しています。

 

さてさて、何かと話題の『メランコリック』ですね。東京の小さい場所で上映されて、面白いと話題になって、全国に広がっていった作品のようです。

 

メランコリック

メランコリック

  • 発売日: 2020/04/02
  • メディア: Prime Video
 

 

映画全体の出来として、確かに悪くないんです。でもね、ストーリーが何か微妙です。風呂屋が殺人を請け負っていて、そこで死体をバラシて燃やすって、何かね...。しかも主人公と一緒に入って来たチャラ男風な奴がまさかの元殺し屋ってwww。ちょっと突飛ですよね。僕は話に入れませんでした。

 

役者とかは演技も自然だし、男も女もそんなに美男美女って訳でもないし、リアリティがあったのですがね。特に主人公の同級生の女とか、その辺にいそうな普通の人で共感できました。主人公のうだつの上がらない感じとかも、より現実的だなぁ、と。ストーリーをあと少し共感できるようにすれば、マイナー映画の傑作にもなり得たのに勿体ない....。この監督の次は期待しています。

 

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『サウンド・オブ・メタル』 アカデミー賞候補がアマゾンプライムで観れるなんて時代ですね。

こんちわ、なおっちです。ブログで生き恥を晒しています。

 

最近はネットフリックスとかアマゾンプライムとかが独自に映画とかを作っていて面白い作品とかも多くなって来ました。時代ですね。最近だとこういうのを見ました。そこそこ面白かったです。

ザ・レポート

ザ・レポート

  • 発売日: 2019/11/15
  • メディア: Prime Video
 

 

30年後の同窓会 LAST FLAG FLYING

30年後の同窓会 LAST FLAG FLYING

  • 発売日: 2017/11/03
  • メディア: Prime Video
 

 

しかも、そういう作品が賞レースで候補になったりするから、時代の進歩はスゴイですよね。映画館に行かずとも月額料金の中でパッと再生できるなんて、やはりテクノロジーは世の中を良くしてくれますね。

 

んで、『サウンド・オブ・メタル』という作品が賞レースの候補に挙がっています。コレがアマゾンプライムで見られます。

サウンド・オブ・メタル ~聞こえるということ~

サウンド・オブ・メタル ~聞こえるということ~

  • 発売日: 2020/12/04
  • メディア: Prime Video
 

 

本作は突然耳が聞こえなくなったバンドマンのお話です。バンドマンとか歌手の人は難聴になる人が多いみたいですね。んで、いつの間にか消えてしまったりとか、けっこうありますよね...。

本作の主人公のルーベンは、かなりヤンチャそうなドラマーで、過去に薬物依存になっていた事があります。彼は彼女のルーと、キャンピングカーで移動しながらバンド活動をしていました。ノマド的な奴ですね。

 

しかし、ルーベンは突然、耳が聞こえなくなります。バンドマンにとって耳は命です。それを奪われたルーベンは荒れます。どうにもならない困難に出会った時、人はあのようになってしまうのでしょうね。どこにもやりようが無い怒りとか苦しみという種類の感情を、よく表現していました。やはり、ルーベンのような人間にとって、聾唖であることは受け入れられない事実なのでしょうねぇ...。

突然、自分の生業とも言うべき物事を失った時、人はどうすれば良いんですかね?特にルーベンのような尖ったヤツは、それを失うともはや存在価値すら否定されるんです。仕事を失った人とか、それまで付き合っていた人と離れた人とか、怪我で競技を諦めた人とか(ルーベンがそれです)、実際にけっこういるでしょうが、そういう人達には刺さるものがあるでしょう。

無職である僕も、これからどうすれば良いんだというやり場のない怒りがありましたが、おそらく(とは言ってもあくまで想像であって、その人の事なんて絶対に分かりっこないが)こういうものなのだろう、と。

 

本作で最も凄かったのは、サブタイトルの「聞こえるということ」が、凄くよく現れていたことです。耳が聞こえなくなる時の感じとか、人口耳を入れた時のぎこちないザワザワ~っていう君の悪いノイズとかを聴くと、おそらく耳が聴こえないというのはこういう事なんだろうと。あくまで疑似体験ですが。

 

サウンド・オブ・メタル」の意味は「人口耳の金属の音」だそうです。僕はルーベンがやっていたヘビメタルの方だと思っていましたよ。

 

主人公ルーベン役の役者さんはナイトクローラーにも出ていたようです。たぶん途中で入ってくる部下の人かな...。

ナイトクローラー(字幕版)

ナイトクローラー(字幕版)

  • メディア: Prime Video
 

 

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『健康的で清潔で、道徳的な秩序ある社会の不自由さについて』 これ以上社会を”進歩”させることはメリットがあるのか?

なおっちです。ニートの休日を謳歌しながら、ブログで生き恥を晒しています。

 

さて図書館で面白い本を漁るのが好きなんですが、こんな本がありました。

健康的で清潔で、道徳的な秩序ある社会の不自由さについて

健康的で清潔で、道徳的な秩序ある社会の不自由さについて

  • 作者:熊代 亨
  • 発売日: 2020/06/17
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 

 

精神科の先生が書いた思想本です。

現代の日本社会は健康かつ清潔になり、犯罪も減りましたが、それ故に生き辛く、社会に参加するハードルが高くなっている、という趣旨の本です。

 

街はキレイになりましたし、禁煙の場所も増えましたね。治安も良くなりました。とても良い社会になりました。ところが、それ故に、無駄に社会が不寛容になっている、という側面もあります。本書の主張はそんな感じなのですが、僕個人もそのように感じています。

 

最近は何をするにしても、色々と審査されるようになりました。バイトをするにしても面接をして、場合によっては不採用になることもあります。大学生の時とか周りを見ていてもバイトに落ちる人は多かったですね。以前みたいに簡単に日銭を稼ぐみたいなことが、難しくなっていると感じます。

それは、社会がより健康的でキレイなものを求めるようになったから、ではないか?(と個人的には思っています。)バイトくらい、とりあえず誰でも入れてやって良いだろ、と個人的には思いますがね。ダメならすぐにクビにすれば良いんだし...。

 

街を歩いていても、怪しければ通報とか、平日の昼間に男が一人で歩いていたらスグに職務質問が飛んで来るとか...。よく聴く話です。おいおいおい、平日の昼に男は歩いてはいけないのか?この国は北朝鮮か何かか?その社会が良いとは、とても思えないのですよ。ドキュメンタリー監督の森達也によると、この傾向はオウム以降に強くなった、とか。

 

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オウムが出来て、数々の事件を起こした理由は、「若い人が社会に居場所が無かったから」とも言えます。ちょっと引用します。

 

宮台氏は「確かに松本死刑囚は社会に対する怨念を持っていた可能性があり、それによって社会の周辺、あるいは外側に出てしまったのだと思う。それが何と結びつくと"教祖"になってしまうのか、僕も知りたい。だが、そういうことのできる役人はいないだろう。ただ、ネトウヨを見れば分かるように、社会に漠たる怨念を持っている人たちは今もいるし、地下鉄サリン事件から10年後の2005年くらいから、若い人が宗教団体に入るケースはどんどん増えている。生きづらいけど、そこに行けば仲間がいて正直になれる。演技しないでいられる。教団幹部とは違うかもしれないが、今の若い人たちも負け組にならないように、落ちないようにと必死で生きていて、不安があるという点では同じだ。LINEの既読プレッシャー、キャラクターを演じ、KYにならないようにして、怯えながら生きていいる。性愛からも退却、"意識高い系"のような演技空間の中で日常を生きるのがどれだけ楽しいのか。この社会はクズだ、クソだと思うヤツがたくさんいても不思議ではない」と指摘。

宮台真司氏「似たような事件は必ず繰り返される」松本死刑囚を知らない若い世代が知るべきオウム真理教 【ABEMA TIMES】

 

現代社会は、社会に参加するハードルが高くなっています。求められる健全さ、綺麗さ、モラルなどの社会的レベルが、どんどん高くなっていると。それゆえ、社会に参加できない人間を増やすということは、オウムのような団体に入る人間を増やすことにもなりますよね?

そこまで世の中は、あらゆる面で整備されていなければいけないのか?その結果、社会に参加できない人間を増やして、その結果として社会は悪くなっていくのではないだろうか..。今で言う「無敵の人」が、団結でテロを起こすみたいな事もあり得るかもと。実際、「キモくて金のないオッサン問題」を危惧してきた人もいましたし...。

 

確かに犯罪が減るのは良いことです。しかし、それと社会に参加できる条件を厳しくするのは、相反してしまうのでしょうか?社会を不寛容にすればするほど、今度はオウムのような揺り返しが起こるのではないか、と。実際、最近でも京都アニメの事件とかもありましたし....。京都の事件が「社会に参加できなかった人間の犯罪」と断定する訳ではないですが。

 

街を歩いていても、再開発が進んで便利で綺麗になってきています。しかし、何もここまで街が整備されていないといけないのか、と思うことが凄く増えました。

特に東京の街がそれです。渋谷など、色んな場所で再開発が進んでいます。しかし、アレだけ整備されて、これ以上なにかする事があるのかと思いません?

あらゆる場所をコンクリートで埋め尽くして、どこもかしこも"整備された"場所にして、人々に休む暇も与えないような街にする事が、果たして良いのか?これから人口が減る国で、そんあ必要あるのか?むしろ、今の日本に必要なのは箱物とか道路ではなく、人への投資じゃないでしょうか。

 

本書は少子化問題についても言及しています。社会が健康的で清潔なものばかりを追い求めた結果、子供が減っているのではないかと。

 

現代の日本は、十分すぎるくらい「健康的で清潔で道徳的で秩序ある社会」になっていますよ。犯罪だって戦後最小レベルですし、先進国と比べても十分に低いんです。だから、これ以上そういう社会を目指すのは、そもそも出来るのか、出来たところでメリットがあるのかと、微妙に思いますけどね。

 

 

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